グンは続ける。 「だけど、僕はアイツの『カナン計画』には穴があると思うんだ。『ラヴィ』の操作のためにアイツとアンジュの遺伝子情報を探したら、アイツの原案も一緒にデータに入ってた。それを読み返しながら気付いたんだ。選ばれた遺伝子、意図的に操作された遺伝子を持った者が、果たして今の世界で生き残れるのかってね。平和主義ゆえに圧倒的な暴力の前に滅ぼされる可能性が高いんじゃないかって。その優秀さだけ利己的な奴らに利用されて終わるんじゃないかって。ヌシエルなんか、力が支配する社会の典型例だよ。本当に平和な世界にしたければ、根本から変えなくちゃ」 リンがグンをみつめた。 「……何か代案があるのか?」 グンはにっこり笑って頷いた。 「目指すべきは『カナン』じゃない。『エデン』だ」 「アダムとイブが最初に暮らしてた楽園か。そこまで帰れ、と?」 水内はピンと来なかったが、リンは反応が早い。 「二人が罪を犯して神の怒りに触れなければ、追放されずにずっとエデンで幸せに暮らしたはずなんだから。カインが嫉妬のために弟アベルを殺すようなこともなかった。血で血を洗う歴史はそこから始まったんだ。最初、人間は二人しかいなかった。アダムとイブさえ間違えなければ、そのまま子孫は平和な世界で生きることができたはずだ」 グンの頬が上気してきた。水内はようやく聖書の内容を言っているのだと気付いた。 「罪を犯す前に芽を摘んで、エデンの園を再現すればいい。『エデン計画』とでも言ったらいいかな」 「つまり……アダムとイブを『ラヴィ』の申し子にして、他の人間が関われない状況にすればいいってことか?」 リンがグンに聞いた。 「そのとおり。さすがリンだね」 グンはうれしそうだ。 「世界平和は私の願いでもあるからな。……ナッドにずっと言われ続けて、刷り込まれてただけかもしれないけれど」 リンが少し悲しげになる。グンは即座にリンを励ました。 「そんなことないよ。初めは言われるがままだったとしても、今はリン自身がそれを強く願ってる。そうじゃなきゃ、ここまで熱心に研究できないよ。リンの思いは間違ってないんだよ」 「そうか……」 リンがかすかに微笑んだ。 「リン。僕の考え、どう思う?」 グンが尋ねる。 「悪くない。……『ラヴィ』の完成を急がなきゃな。最高のアダムとイブを作り出す必要がある。それから、エデンを俗世から完全にシャットアウトする方法も考えないと」 父親の死を吹っ切れたわけではない。グンの一連の行動をどうとらえるべきかわからない。しかし、リンは『ラヴィ』の研究が生きがいであり、そのために生きてきた。そこから離れた生き方は考えたことが無い。グンの提案は不安定になっていた彼女の自我を強く惹きつけた。グンはリンの心の動きを感じ取り、彼女が少し落ち着いたことに安堵した。 「よかった。僕の『エデン計画』、受け入れてくれるんだね」 「少しだけ方向修正すればいいということだろ?」 やはり研究はリンを元気づけてくれる。グンは心の中で喜んだ。 「そういうこと。――『ラヴィ』の研究は続けたらいいけど、アダムとイブはもういるから新たに生み出す必要はないよ」 「え? 『ラヴィ』は未完成なのに、アダムとイブがいるはずはない」 リンは戸惑っている。 「ちゃんとここに『ラヴィ』の申し子がいるよ。僕とリンがアダムとイブだ」 グンはリンの手を両手で包み込んだ。
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