「……血だまりの中倒れてるアイツを見て、自分が何をしたか気付いた。でも、すぐにこれでいいんだと思った。こんな汚らわしい奴、リンの近くにいる資格は無いって」 グンの告白を聞いて、リンは混乱していた。水内も衝撃的な内容に驚くばかりだ。 (リンに手出ししたら命は無いって、本気だったんだな……) あの忠告を思い出し、ぞっとしてしまう。 「ナッドの、遺体は?」 リンがぎこちなくグンに尋ねる。 「即行で処分したよ、髪の毛や骨まで跡形なく。これでアイツは二度とリンに触れることができない」 「……あのバクテリアを改良したやつか。骨までとはすごい威力だな」 「うん、まさかあんなところで役に立つとは思わなかった」 研究の話をしているだけのようにも見えるが、どこか歪だ。 「……リン、大丈夫? やっぱりショックだよね……。本当はヌシエルで暴動に巻き込まれて死んだことにしたかったんだ。いずれ何かが起きそうな国だし、そのほうがリンも気持ちの整理がつけやすいかなって。ちょうどいい遺体は手に入りにくいだろうから『ラヴィ』を使って骨を偽装するつもりだったんだけど、クーデターが早すぎた」 グンが再び吐息を漏らす。 「そういう使い方もできたか……。確かに、私なら遺体が本物かどうか調べる」 一見落ち着いているようだが、リンはどう受け止めたらいいのかわからずにいる。 「……警察に連絡するか?」 水内が口を挟んだ。一応殺人事件ということになる。 「僕を逮捕させるんですか? リンを一人残すなんて冗談じゃない。遺体も証拠も無いんだし、黙ってたらわからない」 グンは水内に言い返した。 「でも、成り行きとはいえ人を殺したんだぞ? それも父親を……。今後の生活とか、いろいろ手続きすることもあるだろうし、法律には従わないと」 水内の言葉に、グンは薄笑いを浮かべた。 「自殺しようとしてたくせに説教するんだ? どこの法律に従えと? 僕たちは存在してないのに」 「存在してない……?」 水内は訳がわからない。 「僕らは出生届がなされてない。社会的にはいるはずのない人間なんだ。出自が特殊だから、アイツがそうした。母親は僕たちが生まれるよりずっと前に死んでる。僕たちは人工受精児。それも受精卵の段階で優秀な頭脳の持ち主になるよう遺伝子操作を受けて、機械を母胎代わりに生まれてきたんだ。ナッド・ミラーの壮大な理想の第一歩さ。人間の遺伝子操作は今の社会ではタブー。でも、あの男はいずれこれが世界を救うと信じてた。僕らはその証明の第一号で、個人的には男女の子供を欲しがってた最愛の妻へのプレゼントってわけ。僕らの存在は世間を混乱させるだろうね。そもそも、普通の人に理解できるかなあ?」 「……」 水内は口をつぐんでしまった。警察に説明できる自信がない。 「世界のために、って言ってる奴が歪んだ欲望を抱いてんだから、世話ないよね」 グンは父親を嘲笑う。 「……ナッドは、間違ってたのか? 私は何のために……。ナッドの研究と計画の力になりたいって、ずっと思ってきたのに……」 リンが俯き加減に呟く。グンはリンの手を取った。 「リンがやってきたことは無駄じゃないよ。アイツも本来は世界を平和にしたいってことから始めた研究なんだし、その動機は間違ってない。『ラヴィ』で先天的な病気を防ぐこともできるし、凶悪な人間にならないようにすることもできる。でも……それだけでは本当の世界平和は難しいだろうね」 グンは一旦リンの手を放し、立ち上がってリンの横に移動した。隣にしゃがみ、グンは再びリンの手を握って話し出す。 「アイツは『ラヴィ』で日本人的思想を根本に持った優れた人間を作り出そうとした。そして、そういう選ばれた者が今の醜い社会を離れて平和なコミュニティを築き、世界に広がっていくことを夢見た。さながら、旧約聖書で選民イスラエルがエジプトを脱出して乳と蜜とが流れる地『カナン(Canaan)』に導かれ、繁栄したように」
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