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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第16回   (三)クーデターE

 ――グンはミラー博士を第二研究室に押し込んだ。憤怒のあまり声が出ない。体が震え、ひたすら彼を睨めつける。
「……そう怖い顔をしないでくれ」
 ミラー博士が口を開いた。
「リンに……何を……?」
 グンはようやく言葉を発することができた。
「今日は疲れた感じだったし、体の調子が心配になっただけだ。女の子は繊細だから……」
「嘘だ!」
 父親の言い訳をグンは即座に否定した。リンの体調を気遣っての行動ではない。あの手は、あの目は……。父親のものではなかった。本当に後ろめたいことが無いなら、自分に気付いてあんな反応をするはずがない。
「……リンは娘でしょ? 自分の娘を欲望のはけ口にするの?」
 今まで父親に感じてきた違和感の正体を、グンははっきり悟った。さらにミラー博士を問い詰める。
「まさか、今までも似たようなことしてたわけ? 父親のくせに……。リンが無垢で自分を慕ってるのをいいことに、隠れて好きなようにしてたの?」
「違う、今夜が初めてだ。いつもは理性で抑えるし、お前やサムがブレーキになってくれる。だが、今夜はタガが……」
「リンを汚すような真似、僕は絶対許さない!」
 ミラー博士の言葉を遮るように、グンが叫んだ。ミラー博士はため息をつき、遠い目をして話し出した。
「……日に日にアンジュに似てくるんだ。顔も声も話し方も、仕草の一つ一つも。まるでアンジュが生き返ってそこにいるような錯覚に陥る。私はアンジュを愛してた。リンを見てると、アンジュへの想いがよみがえる。彼女に抱いてた感情が息を吹き返して、溢れ出そうになる」
「いくら似ててもリンはアンジュじゃない。娘にあんな破廉恥なことをするなんて、最低だよ!」
 グンは噛みつかんばかりだ。ミラー博士は悲しげに微笑む。
「だんだん歯止めが利かなくなってたんだ。私のアンジュがそこにいると思うと……」
「だったら、クローンでも作ればいいじゃないか。そんなに恋しいなら、なんで遺体すらそばに置いとかないのさ? 卵子だけ取り出して埋葬したんでしょ?」
 ミラー博士の頭脳と技術があれば、クローンは不可能ではないはずだ。遺体を生きているかのように瑞々しく保存することもできる。
「棺やカプセルの中の動かないアンジュを見て、どうしろと? そんなことをしても虚しいだけだ。そして肉体や記憶はコピー、再生できても、本人にはならない。クローンはアンジュではない。私が愛するのはアンジュだけだ。生きた魂のある、アンジュ本人だけだ」
「何それ、矛盾してるよ? 本当にアンジュだけを愛してるなら、リンは関係ない。リンがアンジュ本人のわけないじゃん。何自分の娘に欲情してんの?」
 話を聞くほどグンは腹立たしさが増した。しかし、ミラー博士はどこか別の世界を見ているように話し続ける。
「……私がアンジュだと思えばそれはアンジュだ。愛する妻を前に、自分の心をコントロールするのは難しい」
「だから、リンはアンジュじゃないって。天才のくせに、そんなこともわからないの?」
 グンが苛立たしげに反論するが、ミラー博士はもう聞いていないようだった。
「アンジュはただ一人の愛する女性だ。何よりも愛しい、運命の女性。会えば触れたくなるし、抱きたくなる。すべてが欲しくなる」
 ――この男は危険だ。このままではリンが……。グンはとっさに解剖用のメスを握り、ミラー博士の喉を切り裂いた。
 鮮血が飛び散る――。


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