水内は困惑してどうすればいいのかわからなかった。サムはリンに食事を出した後他の仕事に行ってしまった。十分経ってもリンが戻ってくる気配はない。代わりにグンが食堂に姿を見せた。 「あれ? それ、リンの食べかけですよね?」 「ああ。途中で席を立ったんだ」 水内の言葉に、グンが心配そうな顔になる。 「具合が悪そうでした?」 「いや、元気だったんだけど。話してたら急に血相変えて震え出して……」 「ちょっと様子見てきます」 グンは急いでリンの元に向かおうとした。そこへリンがキャリーケースを引きながら顔を出した。 「それ、もう食べないから片付けていい」 「リン! どこ行くの!?」 グンが驚いて駆け寄る。 「ナッドを迎えに行く。ネットもテレビも状況がよくわからないから、現地に行ってみる」 そのまま出かけようとするリンをグンは必死に止めた。 「ちょっと待って! 危ないって!」 「ナッドが危険にさらされてるかもしれないんだ! 待ってるだけなんてできない!」 二人の様子から、ようやく水内は事情を察した。ミラー博士を招請したという国はヌシエル共和国だったのだ。 「二人とも落ち着け。リン、気持ちはわかるがクーデターで混乱している国に乗り込むのは無謀過ぎる。渡航許可も下りないだろう。ミラー博士と連絡が取れないのか?」 「取れてたらこんなに心配してない!」 リンは泣きそうだ。グンはクーデターのことを今知ったようで、驚愕した表情をしている。 「そうか。じゃあ、ひとまず外務省とかに連絡したらどうだ? 安否を確かめてくれるはずだ」 「……外務省?」 リンが小さく復唱した。 「ああ。今やみくもにヌシエルに行っても博士に会える保証はない。まずは確実な情報を待ったほうがいい」 水内は比較的落ち着いている自分に驚いた。第三者だから冷静に判断できるのかもしれない。騒がしさに気付いたのか、サムが食堂に戻ってきた。黙って状況を見守る。 「わかった……」 リンは携帯電話を取り出した。 「大丈夫か? 話せるか?」 「……なんとか」 リンが携帯を操作する。グンの顔色が変わった。 「リン、やめよう?」 「悔しいけど、ここは国の力を借りるしかないだろ?」 「やめようよ……。無駄だよ」 「今は国に頼るしかない」 リンが携帯を耳に当てた。 「――リン、やめて!」 グンがリンの携帯を叩き落した。そのままリンの手を掴む。 「グン! 何するんだ!」 「……電話しても無駄だよ。ナッドは……あそこにいないから」 グンの言葉にリンは目を見開いた。 「何言ってる? ……どういうことだ? ヌシエルじゃないなら、どこにいるんだ?」 グンの顔が歪んだ。なかなか言葉が出ない。リンが問い詰める。 「グン、何を知ってる? ナッドはどこにいるんだ?」 「……もう、どこにもいない」 グンが苦しげに声を絞り出す。 「どこにもって……どういう意味だ? まさか……?」 リンの顔から血の気が引いていく。 「リンを悲しませるのが怖くて黙ってた。ナッドは……死んだんだ」 グンは俯いた。リンはこわばった笑みを浮かべる。 「……何の冗談だ? タチの悪いジョークでからかってんのか?」 「……」 グンは下を向いたままだ。 「だって……あんなに元気だったじゃないか。『ラヴィ』を完成させるまでは死ねないって……。なんで……どうして……」 リンの瞳が潤んでいく。 「いつ……だ……? どこで? 本当に……死んだのか……?」 グンが顔を上げた。意を決して口を開く。 「死んだのは本当だよ。……僕が殺したから」 リンも水内もすぐには反応できなかった。やがてリンが乾いた声を出した。 「ナッドを……殺した……?」 怒りをあらわにしてグンに掴み掛かる。 「何故だ!? なんで隠してた!?」 「……全部話すから。とりあえず座ろう」 グンはリンの背中に手を回し、優しく撫でた。
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