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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第14回   (三)クーデターC

 水内は困惑してどうすればいいのかわからなかった。サムはリンに食事を出した後他の仕事に行ってしまった。十分経ってもリンが戻ってくる気配はない。代わりにグンが食堂に姿を見せた。
「あれ? それ、リンの食べかけですよね?」
「ああ。途中で席を立ったんだ」
 水内の言葉に、グンが心配そうな顔になる。
「具合が悪そうでした?」
「いや、元気だったんだけど。話してたら急に血相変えて震え出して……」
「ちょっと様子見てきます」
 グンは急いでリンの元に向かおうとした。そこへリンがキャリーケースを引きながら顔を出した。
「それ、もう食べないから片付けていい」
「リン! どこ行くの!?」
 グンが驚いて駆け寄る。
「ナッドを迎えに行く。ネットもテレビも状況がよくわからないから、現地に行ってみる」
 そのまま出かけようとするリンをグンは必死に止めた。
「ちょっと待って! 危ないって!」
「ナッドが危険にさらされてるかもしれないんだ! 待ってるだけなんてできない!」
 二人の様子から、ようやく水内は事情を察した。ミラー博士を招請したという国はヌシエル共和国だったのだ。
「二人とも落ち着け。リン、気持ちはわかるがクーデターで混乱している国に乗り込むのは無謀過ぎる。渡航許可も下りないだろう。ミラー博士と連絡が取れないのか?」
「取れてたらこんなに心配してない!」
 リンは泣きそうだ。グンはクーデターのことを今知ったようで、驚愕した表情をしている。
「そうか。じゃあ、ひとまず外務省とかに連絡したらどうだ? 安否を確かめてくれるはずだ」
「……外務省?」
 リンが小さく復唱した。
「ああ。今やみくもにヌシエルに行っても博士に会える保証はない。まずは確実な情報を待ったほうがいい」
 水内は比較的落ち着いている自分に驚いた。第三者だから冷静に判断できるのかもしれない。騒がしさに気付いたのか、サムが食堂に戻ってきた。黙って状況を見守る。
「わかった……」
 リンは携帯電話を取り出した。
「大丈夫か? 話せるか?」
「……なんとか」
 リンが携帯を操作する。グンの顔色が変わった。
「リン、やめよう?」
「悔しいけど、ここは国の力を借りるしかないだろ?」
「やめようよ……。無駄だよ」
「今は国に頼るしかない」
 リンが携帯を耳に当てた。
「――リン、やめて!」
 グンがリンの携帯を叩き落した。そのままリンの手を掴む。
「グン! 何するんだ!」
「……電話しても無駄だよ。ナッドは……あそこにいないから」
 グンの言葉にリンは目を見開いた。
「何言ってる? ……どういうことだ? ヌシエルじゃないなら、どこにいるんだ?」
 グンの顔が歪んだ。なかなか言葉が出ない。リンが問い詰める。
「グン、何を知ってる? ナッドはどこにいるんだ?」
「……もう、どこにもいない」
 グンが苦しげに声を絞り出す。
「どこにもって……どういう意味だ? まさか……?」
 リンの顔から血の気が引いていく。
「リンを悲しませるのが怖くて黙ってた。ナッドは……死んだんだ」
 グンは俯いた。リンはこわばった笑みを浮かべる。
「……何の冗談だ? タチの悪いジョークでからかってんのか?」
「……」
 グンは下を向いたままだ。
「だって……あんなに元気だったじゃないか。『ラヴィ』を完成させるまでは死ねないって……。なんで……どうして……」
 リンの瞳が潤んでいく。
「いつ……だ……? どこで? 本当に……死んだのか……?」
 グンが顔を上げた。意を決して口を開く。
「死んだのは本当だよ。……僕が殺したから」
 リンも水内もすぐには反応できなかった。やがてリンが乾いた声を出した。
「ナッドを……殺した……?」
 怒りをあらわにしてグンに掴み掛かる。
「何故だ!? なんで隠してた!?」
「……全部話すから。とりあえず座ろう」
 グンはリンの背中に手を回し、優しく撫でた。


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