ロック解除したメモリーカードのデータを参照しながら、グンは『ラヴィ』の操作をしていた。パスワードは『DNAイノベーション』だった。わかったのはリンのおかげだ。 (まだ入力することがあるのか。結構手間取るなあ……) 『ラヴィ』のメインコンピュータから伸びたコードがつながっているのは、バスケットボール大の透明なカプセル。その中に入っているのは、人の骨だった。従来は生命の始まりの際に使うための『ラヴィ』だが、グンは生を終えた物体に応用していた。 (リンに気付かれないうちに終わらせないと。これが済んだら、あとは時期を見て……) あの男が夢見た『DNAイノベーション』に基づく『カナン計画』。自分はそれ以上の案を持っている。 (リンはアイツを敬愛してるから、素直に賛同してくれるかどうか……) できれば手荒なことはしたくない。どうやって打ち明け踏ん切りをつけさせるか。独自に計画を進めながら少しずつほぐしていくしかないとわかっているが、グンの心は複雑だ。 (なんでリンはあんな奴を……) 頭では理解できても、気持ちが納得しない。グンは一旦目を閉じて深呼吸した。そして再び『ラヴィ』に情報を入力し始めた。
その日、水内が食堂で昼食をとっていると、リンがやってきた。 「毎日大変だな。どのくらい進んだんだ?」 水内がリンに尋ねた。 「話してもらった内容の整理が終わって、遺伝子の分析結果と照らし合わせてる。一つ一つの感情とか性格が、どの部分に該当するのか、どういう配列につながっているのか、調べてるところだ」 リンが答えた。サムがリンの食事をテーブルに運んできた。 「気が遠くなりそうだな……」 自分なら投げ出すと水内は思った。 「オッサンの話が下手だから、余計に時間がかかってる。あれをまとめるのは一苦労だった」 リンが食べながら憎まれ口を叩く。こいつに年上を敬う気持ちはないのかと、水内は心の中で舌打ちした。 「悪かったな。だから俺は教える立場に向いてないんだ」 「そうとも言い切れないんじゃないか? 言葉を使わない教え方もある」 リンがこんなことを言うとは意外で、水内は彼女を見直しかけた。 「言葉は確かにコミュニケーションの重要なツールだ。でも、それがすべてじゃない。話が上手いのがいい先生とは限らないだろ? 本当にオッサンが指導者に向いてないとしても、その原因を口下手だけに求めるのはおかしい」 ……やはり毒舌だった。 「十か国語も話せる頭脳を持ってる奴は、話し方もさぞ上手いんだろうな」 精一杯の嫌味をリンに言ってやる。 「そこまで脳みそが無くても、話し方は訓練次第で上達するぞ? オッサン、上手くなりたければネットで調べたら? エロサイトばっかり見てないで」 「ど、どっからの情報だ、それは」 リンの返答に水内は慌てた。 「グンが言ってた。パソコンは要らないって言ってたのに、結局欲求不満に耐え切れずに借りることにしたらしいって」 ――捻じ曲げて伝えるなよ、それも女の子に。ああいうのはたまにのぞく程度で、基本は真面目な使い道だ。 「俺が見てるのは、ニュースとか世の中の話題だ」 水内は弁明した。 「言い訳が小学生レベルだな」 リンは素気無い。 「お前らこそ、ちゃんと世の中の出来事知ってるのか? 研究ばっかでニュースなんて見てないんじゃないのか?」 水内が反撃する。リンがムッとした表情で言い返す。 「失礼だな。ちゃんと一日のどこかで確認してる。特に科学の成果は知っておかないと後れを取るからな」 「自分が好きなことだけかよ。今朝のトップニュース、知ってるか?」 「今日はまだ見てない。そんなに得意げになるな、ガキかよ」 自分が優位に立っていると感じ、水内はニヤッと笑って畳みかけた。 「結構大ニュースなのに、まだ知らないのか。クーデターだよ、クーデター。ヌシエルの首相が殺されたそうだ」 「え……?」 リンが固まった。 「いろいろ問題がある国だったけど、まさかこの時期に動くとは誰も思ってなかったみたいだな。側近が突然首相を暗殺したらしい。現地はまだいろいろ混乱してるみたいで……リン? どうした?」 リンは震えていた。そして急に立ち上がり、食堂を出ていった。
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