島の見回りをするうちに、水内は気付いたことがあった。時々リンが研究所の外に出ているのだ。ずっと研究室に籠りきりでは息が詰まるだろうし、気分転換だろうと最初は思っていた。しかし、リンはいつも同じ場所で同じ方向をみつめている。その瞳は妙に心細げだ。リンは口調こそ乱暴だが根は真面目で繊細な部分がある。まっすぐで裏表がない性格だと、だんだん水内もわかってきた。一方グンは、一見穏やかで人懐っこいが内に激しいものを秘めており、なかなか本心を見せないところがある。リンが少々子供っぽく、その分グンが大人びているのかもしれない。だが、今のリンの表情は憂いがあってなんだかドキッとさせられる。 (あんな顔をされると、思わず抱きしめたくなるかもな) 男の庇護欲が掻き立てられるというのだろうか。グンに誓ったとおり彼女に手を出すつもりはないが、守ってあげたくなるかわいらしさがある。普通の学生生活をしていたら、グンは心配で身が持たないだろう。もっとも、グンもそれなりにモテそうだが。 どうも気になるので、水内はリンに近づいて声をかけた。 「何してるんだ?」 「別に……」 リンは水内をちらっと見ただけで、すぐに視線を海のほうへ戻した。 「いつもそこでそうしてるだろ? お気に入りの場所なのか?」 「そういうわけじゃない。ただ……ナッドが帰ってくるんじゃないかって思って……」 いつもの強気なリンではない。 「ミラー博士か。なんだ、父親が恋しいのか?」 やはり子供だなと水内は微笑んだ。 「……仕事なのはわかってる。帰ってくるなら連絡が来ることも。でも、もしかしたらって毎日確認したくなるんだ」 寂しげに笑うリンの頭を、水内はポンポンと叩いた。 「いいお父さんなんだな。俺も会ってみたいし、早く帰ってくるといいな」 「オッサンみたいなバカと話が合うとは思えないけど」 ――慰めてやってるのに何を言うのか、この娘は。水内はムッとしたが、リンらしい反応ではある。反論は控えることにした。リンが突然水内のほうを向いた。 「あ、そうだ。オッサンに聞こうと思ってたんだ。今夜すき焼きなんだけど、一緒に食べるか?」 「へ?」 「グンと二人だけっていうのもなんか味気ないからな。オッサンも人数に入れてやるよ」 上から目線の発言、いつもどおりのリンだ。 (とりあえず大丈夫そうだな) 元気なら良しとすべきか。水内は研究所に戻るリンを見送り、見回りを再開した。
誰かと鍋を囲むなんて離婚してからなかったんじゃないかと、水内は思い返していた。ここでも、たまたま食堂でグンかリンと一緒になることはあっても、みんな揃って食べるのは初めてだ。水内が好きな関西風のすき焼きで、初めはリンが鍋奉行として具材を鍋に入れたり取り分けたりしていた。グンはリンが取ってくれた肉をうれしそうに頬張る。こういう場合はリンのほうが姉のようだ。リンも食べたほうがいいと、途中でサムが交代した。 「サムはもういいのか?」 少ししか食べていないようなので、水内は自分が代わろうとした。 「あまり食べると体がおかしくなるので」 サムが答えた。そういえば、サムが食べる姿はあまり見かけない。ここに連れて来てもらう道中でも、一緒のテーブルに着くサムの食事の量はわずかだった。よくそれで持つものだと思うが、人それぞれなのだろう。 「お前はよく食うなあ……。さすが育ち盛り」 水内がグンに言った。 「リンの味付けは格別ですから」 満足げに答えるグン。 「すき焼きなんて、誰が作ってもそう失敗しないだろ」 リンは素っ気なく言う。グンが即座に否定する。 「違うよ。リンの思いがこもってるから美味しいんだよ」 「特に何も考えてない」 グンが褒めてもリンはあっさりしている。 (どこの若夫婦だよ。ベタ惚れの旦那にツンデレの妻ってとこか? シスコンもここまで来ると、なんだかな……) 仲の良い双子だが、どちらかというとグンの愛情が強いと水内は分析した。 こうして楽しいすき焼きの夜は過ぎていった。
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