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作品名:Geminiが微笑む日 作者:光石七

第11回   (三)クーデター@
(三)クーデター


 人生行路の聞き取りが始まって三週間が過ぎた。グンかリンが思い出について尋ね、水内が答える。双子はICレコーダーでやりとりを録音し、それを文章に起こして整理し、遺伝子と照合していく。大まかな半生については一週間でほぼ話し終え、あとは何か思い出した時にその都度伝える形になっていた。
「あまり思い出すことがないなら、帰っていただいてもいいですよ。付け加えるエピソードがあれば、連絡くだされば大丈夫です」
 グンにそう言われたが、水内は日本に戻る気になれなかった。
「今更帰る場所もないんだよな……」
 借金は代わりに返済してもらったものの、これからどう生活していくか見通しが立たない。そもそも自分はどうしたいのか、よくわからない。
「まあ、人生の休息としてここでバカンスを過ごしてもらっても構いませんけど。髪の毛とか血液とか、欲しい時に手に入るのは僕たちにはありがたいし。ただし、リンに邪なことをしないでくださいね」
「まだ言うか」
 水内は苦笑したが、幼いながらもはっきりした目的のために情熱を注ぐ双子が羨ましくもあった。
「もうしばらくここで過ごさせてもらえるとありがたいが、何もしないのもちょっとな……」
「ちゃんと研究に協力してくれてるじゃないですか」
「いや、なんかタダ飯食わせてもらってるだけで、申し訳ないっていうか」
 水内の返答にグンがくすっと笑った。
「日本人らしいですね。じゃあ、少し仕事をお願いしようかな。島内の見回りを頼んでもいいですか?」
「いいとも。何か気になることでも?」
 水内が聞き返す。
「大したことはありません。ここは個人所有の島なんですけど、ごくたまに許可なく上がりこんで自然を荒らしたり騒いだりする人がいるので。さすがに『Canaan』まで侵入されたことはないけど。一日一回はぐるっと回って、不審な船とか、植物が持ち去られた形跡とか、みつけたら教えてください」
「わかった」
 簡単な仕事だが、肩身の狭さが幾分和らぐ。
「後でトランシーバー渡しますね」
 グンはそう言ってリンの元に向かった。


 リンはICレコーダーを再生しながらパソコンに向かっていた。聞き取りの内容をまとめているのだ。
「ちょっと休憩したら? あまり根詰めないほうがいいよ」
 グンは労りの声をかけた。
「もう少しで終わるから……」
 振り向かずにリンが返答する。
「普通の要約とは違って、どこがポイントかわかりづらいからね。ひとまず大雑把なくくりでいいんじゃないかな?」
「そのつもりでやってるんだけど……。何度聴いても、オッサン、話が下手過ぎ。ホントに泳ぐだけの男なんだな」
 呆れながらも手は動いているリン。グンはそっと笑みを漏らした。
「まあまあ、貴重な協力者なんだから」
「ったく、他人の人生なんて研究じゃなきゃ聞いてられるか。スイミングスクールの先生に蹴伸びを褒められてうれしかったとか、心底どうでもいい」
「『ラヴィ』のためだから我慢してるの?」
「当たり前だ」
 グンは愛おしげにリンをみつめた。聞き取りの際、リンはいつも不機嫌がはっきり顔に出ているのだが。
「『ラヴィ』を完成させて『カナン計画』を世界に提案する。これがナッドの夢で、私たちの夢だ。違うか?」
 リンがEnterキーを叩いてグンのほうを向いた。
「……そうだね」
 グンは動揺を悟られないよう、大きく頷いて見せた。
「昔ナッドを気狂い扱いした連中を見返してやらなきゃ。これは妄言でも暴言でもない、真のイノベーションだ。善なる革命だ」
 リンが目を輝かせる。グンははっとした。
「リン、イノベーションって……」
「ナッドが前に言ってただろ? 『ラヴィ』はDNAも世界も刷新するって。覚えてないのか?」
 リンは怪訝そうだ。
「あ、ああ。そういえば、僕らが加わる時に言ってたね」
「おいおい、基本理念なのに。バクテリアに夢中で忘れたか?」
 リンがからかい半分で小突いてきたが、グンは照れ笑いでごまかした。
(パスワードはこれだ……!)
 ようやく次のステップに進める。グンは頭の中で段取りを確認し始めた。


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