「いよいよ本題だな」 第三研究室で二人きりになり、リンがグンに話しかける。 「リン、ちょっとしゃべり過ぎたんじゃない? 水内さんがそんなに疑問に思わなかったからよかったけど」 グンがリンを軽くたしなめた。 「日本人を選んだ理由を不思議がっていたから、仕方ないだろ。被験者に対する礼儀だ。『ラヴィ』のことは漏らさない、ナッドとの約束だからな。もしオッサンが邪魔になるようなら処分すればいいだけの話だ。できればデータを全部吐き出してもらってからにしたいけどな」 「……まあね」 微笑みながらもグンの表情はどこか曇っている。リンがグンの肩を叩いた。 「オッサンにも嘘はついてないし、できるだけ晴れやかな気持ちで研究したいだろ? ナッドがここにいないのが残念だけどな。連絡くれないから、報告もできないし」 「リン……。やっぱり寂しい?」 グンが問いかける。 「男手一つで私たちを育ててくれた親だからな。優しくて、何でも教えてくれて……。できればそばにいてほしいと思う」 リンの口調がだんだん弱々しくなる。グンはわざと明るく振る舞った。 「でも、見方を変えれば自立するいい機会だよ。赤ちゃんじゃあるまいし、いつまでもおんぶに抱っこってわけにはいかないよ。リンは甘えん坊だね。いい加減ファザコン卒業したら?」 「誰が甘えん坊の赤ん坊だって? それに私はファザコンでもないぞ。イタリア男のマザコンほどじゃない。だいたい、離れて暮らす父親を案じるのは普通だろ?」 リンが怒ったように返す。 「そうそう、リンは元気なツンデレが一番だよ。じゃ、僕はバクテリア見てくるね」 笑って出ていくグンを、リンは睨みながら見送った。グンなりの励ましだというのはわかっているし、本当はちょっぴりうれしい。リンは机の引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。
『ヌシエル共和国に行ってくる。 極秘の仕事だから黙ってた。 具体的な場所は教えられない。 命に係わるから、連絡は控えてほしい。 こちらからも当分連絡できないと思う』
ミラー博士の筆跡の置き手紙。 (こんなに連絡が来ないなんてこと、今までなかった……) ヌシエル共和国は独裁軍事国家で、情勢が不安定だ。独裁者が気に入った者は国賓としてもてなされるが、少しでも機嫌を損ねれば牢獄行きだ。そんな国が技術向上のために密かに父親の優秀な頭脳を求めたことは推測できる。うまく立ち回っていると信じているが、リンの不安は消えない。 (一緒に『ラヴィ』を作り上げたいのに。ナッドの夢を叶えたいのに) リンは手紙を胸に押し当てた。
グンは第三研究室を出ると作り笑いを止めた。リンは純粋に父親を慕っているだけだと理解しているが、何ともやりきれない。自分の部屋でパソコンに向かう。あのメモリーカードはもう挿入してある。ロックを解除したいが、まだパスワードがわからない。 (意外にこういうのは単純に決めそうなんだけど。『ナッド』も『アンジュ』も違ったし、『双子』をいろんな言語で入力してもダメだった。生年月日でもない。僕とリンの名前でもない。『天才』……。『遺伝子』……。『ラヴィ』……。『Canaan』……。違うのか) グンは頭を抱えた。 (……そのものズバリはどうだ?) もう一度キーボードを叩く。『遺伝子操作』。日本語、英語、フランス語、ドイツ語等、様々な言語で試す。 (ダメか……) グンはパソコンから手を放し、ぼんやりと壁をみつめた。
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