〜プロローグ〜
その科学者は小さな島に研究所を作り、一人暮らしていた。一年前までは妻と暮らしていたのだが、妻は不慮の事故で死んでしまった。彼の悲しみは深かった。しかし、妻との約束を果たすべく研究に勤しんだ。彼は自分の研究が世界を救うと信じて疑わず、彼の妻も応援してくれていた。もともと妻は彼の助手で、彼の研究のよき理解者だった。彼がマッド・サイエンティストとして学会から追放されても、妻だけは彼を信じ支え続けた。息を引き取る瞬間まで、妻は彼の研究のことを気遣っていた。彼は決意した。――必ず『ラヴィ』を完成させる。これが妻との約束だった。 彼にはもう一つ大きな仕事があった。妻との子供を育てること。妻は子供を望んでいたが、生前に妊娠することは叶わなかった。彼は妻の卵子を取り出し、人工授精させたのだ。いくつものパイプやコードがつながった特殊な金属でできた球体には小さなガラス窓があり、中の様子を直接うかがうことができる。中は液体で満たされ、五センチメートルほどのそら豆のような形の影が二つ漂っている。彼はこの装置を『マザー・クレイドル』と名付け、妻の子宮の代わりとしていた。 「私とアンジュの最高傑作だ。天才に間違いない」 彼は胎児を見て笑みを浮かべる。 「お前たちが『ラヴィ』の力を証明する第一号だ。だが、もっとデータを集めて改良しなくては。一緒に研究できる日が楽しみだよ」 彼の言葉は父親としてのものか、科学者としてのものか。それを判断する者は誰もいない。
それから十五年の歳月が過ぎた。
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