(三)迷惑千万な妄想家
レイザーストーンの実家に電話をかけた。『レイザーストーンのコトノハ』出版の契約の際に固定電話の連絡先として一応聞いてたのよね……。子供の頃かけた番号に、こんな形で電話するなんて。 『もしもし?』 有江おばさんが出た。 「トーコです。至急お知らせしたいことがあります。落ち着いて聞いてくださいね」 『トーコちゃん、何(な)い事(ご)っ?』 振り仮名をつけないと意味が通じないくらい、方言がキツい。 「美……じゃなかった、ナーナちゃんが行方不明です。多分昨日からアパートにいません」 『押し入れにおらんけ? 昔から青いタヌキの真似で、押し入れで寝たりしちょったけど』 のんびりした口調に促され、押し入れを開けてみた。 「……人が入れるスペースはないです。なんか、いろいろ押し込まれてます」 よく雪崩が起きないものだ。奥まで覗いても人が隠れてるとは思えない。私は押し入れを閉めた。 『じゃあ、どっかさるっかたやっねー。今度はグアムじゃろかい?』 おばさんが慌てる様子はない。「さるく」は「出歩く」くらいの意味になるだろうか。 「グアムって……」 どこからそういう発想が出てくるのか。 『前ねー、いくら電話しても出んことがあったと。どげんしたどかい、って思ってたらナーナから電話が来て。「気が付いたらハワイにいた」って』 「……」 どこをどうしたら、「気付いたらハワイ」になるわけ? 『ハワイの土産も送ってくれたし、何事もなかったから安堵したとよ』 いやいや、何事もなかったわけないでしょ! 普通、海外行くなら意識はしっかりしてるはず。出入国審査、どうしたのよ? 「でも、約束は守りますよね? 仕事を勝手にすっぽかすなんて、彼女らしくない」 『携帯が無かから、連絡できんだけじゃなかと? まこて抜けちょっどなあ』 おばさん、全然心配してない。 「誰かに拉致された可能性があるんです! 脅迫状も届いてます」 はっきり言わないことには仕方ない。 『……脅迫ぅ?』 おばさんが訝しげな声を出した。 『そいはなか。ちっとばっかい変わった子じゃっどん、人様から恨まれる子に育てた覚えは無かでなあ』 「だけど、現に紙の脅迫状がここにあるし、ネットでも同じ文章が届いてるんです」 動揺させたくないけれど、事実を伝えなくては。親族しか捜索願を出せない。 『……トーコちゃん、あんたはいつから嘘つきになったとけ? ホントにトーコちゃん?』 「嘘じゃないんです、私だってこんなこと信じたくない。おばさんの気持ちはわかるけれど、信じて受け止めてくれないと困ります。早く手を打たないと」 母親としてショックだろう。でも、なんとか対処してほしい。 『この間も「ワタシ、ワタシ」って電話が来たでなあ。「ナーナけ?」って聞いたら「うん」ち答えたけど、ナーナは「ボク」ち言うからね。すぐ詐欺ってわかったとよ。あんたも詐欺じゃなかと?』 「違います! 本当にトーコだし、事実を伝えてるだけです!」 『じゃあ、ナーナの好(す)っな食べ物は何ね?』 そこまで確認する? 「……チーズケーキ」 昔から街に行ったら絶対買ってたもの。 『違(ち)ごど。最近はシュークリームの食べ比べに凝っちょっでなあ。今んとこは「ましぇる」が一番みたいじゃっが。やっぱい、あんたはトーコちゃんじゃなか。友達なら好物くらいわかっはいじゃが』 有江おばさんは電話を切ってしまった。あの、シュークリームも好きなのは知ってるんですけど……。っていうか、スイーツ全般好きでしょ? こんなくだらないことで信じてもらえないなんて……。情けなくて涙が出てきてしまった。
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