「屋田君、今『拉致』って言った?」 「そうじゃないっすか? 現に先生はここにいない。しかも愛猫をほったらかし状態。猫を愛する先生が自分から姿を消したとは思えない。誰かに無理やり連れて行かれたと考えたほうが自然じゃないすか?」 真剣な顔つき。でも、その手はちーちゃんのお腹をさわさわしている。 「レイザーストーンを拉致するなんて……」 そんな物好きいる? そう笑い飛ばしたいけれど、心配してしまう私もいる。屋田君はさらに畳みかける。 「脅迫の内容を考えると、かなりヤバイっすよ。『月のかけら』で殺すって言ってるんすよね? 作品の中に出てくる言葉を知ってるってことは、先生のファンが犯人じゃないっすか?」 きりっとした顔と口調だが、やはり手はちーちゃんに触れている。心なしかちーちゃん、気持ちよさそうな顔に見えるんですけど……。 「ファンっていっても……。そんな熱狂的な人いるかしら? それに、読者は全国各地にいるのよ? あの掲示板も登録者でなくても誰でも書き込めるし、どんな名前でも使えるし」 「でも、レイザーストーン先生の家は知ってるんすよね? 紙の脅迫状が届いてるんだから。うちでも先生の個人情報は出してないし、ネットでもそうじゃないっすか?」 「そうね……」 「じゃあ、携帯でのやりとりはしないけれども顔見知りっていう可能性が高くないっすか?」 屋田君、ちょっと探偵か刑事っぽくない? ちーちゃんに伸びてる手のおかげで、真剣味と緊張感が薄れてるけど。あ、ちーちゃんの目が……。 『フミャー……』 欠伸をしてちーちゃんが起きた。屋田君から離れて伸びをする。棚に飛び乗り、そこで毛づくろいを始めた。 「あー、起こしちゃった。行っちゃった……」 屋田君は寂しそうだ。そんなに触り心地よかったの? 「顔見知りねえ……。すごい範囲が漠然としてない? 屋田君は犯人の目星ついてるの?」 「俺がわかるわけないじゃないすか。レイザーストーン先生とはまだ面識ないんすよ? トーコ先輩のほうが、先生の交友関係とか詳しいんじゃないっすか?」 それはそうだ。読んだのも『コトノハ』だけだったっけ。 「交友関係ねえ……。はっきり言って、友達いないからね、彼女……。私も勝手に友達だと思い込まれているだけだし。携帯の番号もメアドもいつのまにか彼女の電話帳に登録されてたし」 担当になって確かに連絡が必要にはなったものの、その前に再会した時、彼女は私の携帯を無断で拝借して私の番号とメールアドレスをゲットしていた。こういう被害者、案外多いかもしれない……。 「レイザーストーン先生の携帯の電話帳、調べてみたらどうっすか? 犯人まではわからないにしろ、誰と付き合いがあるかはわかりますよね?」 まあね……。私はもう一度レイザーストーンの携帯を手に取った。 「……へ?」 「どうしたんすか?」 「いや、あのね……。電話帳、グループ検索になってるんだけど、そのグループが……変」 屋田君が顔をしかめた。だんだんナーナ・レイザーストーンという人がわかってきたんじゃないだろうか。 「『家族』『親戚』はまあ普通だけど……。『妄想関係』っていうのがある」 「……他はないんすか? 『仕事』とか、『友人』とか」 「ない。その三つだけ」 「……」 屋田君、絶句しちゃった。その気持ち、わかる。こういう人の担当になるのよ、君は。
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