二十分くらい待ったが、やはりレイザーストーンが現れる気配はない。ちーちゃんは座椅子で丸まって眠っている。 「何なんすかねー。〆切に間に合わなくて雲隠れってわけでもないし。――俺みたいなぺーぺーに会いたくないってことっすかね?」 屋田君が少し不安げな顔になった。 「担当が代わることはまだ伝えてないもの。今日は屋田君が一緒ってことも知らないはずよ」 これは事実なので、自信を持って屋田君に話した。 「でも、トーコ先輩は今までこんなことはなかったんすよね? やっぱ、オレがいるからじゃないっすか? しょっぱなから嫌われるのは……やだよう……」 屋田君は縮こまってしまった。床に人差し指を這わせている。一昔前のいじけた女子か! 「だから、そういうことじゃないって。人より猫って人だし、変わり者だし、彼女とうまく付き合える人はそういないから」 言いながら、慰めてるのか何なのか、自分でもよくわからなくなった。 「……あれ?」 屋田君の指で床に散らばっている紙が一枚めくれた。新聞の見出しを切り抜いたような文字が貼り付けられている。
『月のかけらがお前を貫く』
私も屋田君もその紙を凝視した。 「……脅迫状っぽいっすね」 「うん……」 なんだか嫌な予感がした。紙を全部ひっくり返してみる。 「……」 全て切り抜き文字を使った同じ文面だった。 「うわ、マジ……?」 屋田君がうわずった声を上げた。私は思いついて、レイザーストーンのパソコンのメールをチェックしてみた。こっちにはプロバイダーからのメールしか届いていないようだ。だが、彼女の作品を掲載しているサイトを開いてレイザーストーンの雑談掲示板をのぞくと……。
『警告 投稿者:石守り 月のかけらがお前を貫く』
こんな書き込みがずらっと並んでいた。昨日の昼が最後だ。『石守り』に『月のかけら』? これは……。 「……セーラー○ーン?」 屋田君が小声で呟いた。 「なんで?」 懐かしのアニメは関係ない気がするけど。 「だって、『月に代わってお仕置き』ってことじゃ……」 おいおい……。何なのよ、この緊迫してんだか脱力してんのかわかんない空気は。 「……屋田君。レイザーストーンの作品、読んだことある?」 「『コトノハ』だけっす」 ……そりゃわかんないはずだわ。 「あのね……。彼女の『銀色に燃える月』ってお話に『石守り』と『月のかけら』が出てくるの。『月のかけら』は不思議な赤い石。『石守り』はそれを操る人。彼女の話の中では、殺人の手段として用いられてる」 私の説明を聞いて、屋田君は青くなった。 「ということは……。その『石守り』がレイザーストーン先生を『月のかけら』で殺すってことっすか?」 「『石守り』も『月のかけら』も彼女の妄想で実在しないけど、意味的にはそうなるんじゃない?」 言いながら、だんだん私も震えてきた。彼女がここにいない理由って、まさか……。 「……トーコ先輩。レイザーストーン先生、無事なんすか?」 「き、きっと大丈夫よ。悪運だけは強い人だし。脅迫にビビッて逃げただけかもしれないし」 「でも、携帯は? 猫は?」 ……確かに。自分から行方をくらますなら、それなりに準備するだろう。少なくとも愛猫のちーちゃんを放っておくことはしない。 「ね、ねえ。これだけでは判断できないから……」 とりあえず落ち着け、トーコ。 「そ、そうっすね。一旦深呼吸しますか」 屋田君の言葉に頷き、二人で息を吸ったり吐いたりを繰り返した。
|
|