私たちはレイザーストーンの家に着いた。古いアパートの二階だ。チャイムを鳴らしたが出てこない。玄関のドアノブに手をかけると、あっさり開いた。と同時に、一匹の黒猫が飛び出してきた。 『ニャー! ニャーン』 私の足元にまとわりつく。長い尻尾と黄色い首輪、この猫は……。 「ちーちゃん?」 レイザーストーンの飼い猫だ。人見知りが激しくて、私にも懐いてなかったはずだけど……? 「へえ、かわいいなあ」 屋田君が屈んでちーちゃんに触ろうとした。 「すぐ逃げちゃうよ」 そう注意したが、意外にもちーちゃんは大人しく撫でられた。 『ニャー、ニャー、ニャー』 激しく鳴きながら、私たちを中に誘導しようとする。 「お腹空いてるのかな?」 屋田君がそう言った。ああ、そうかも。空腹なら、誰でもいいからエサを与えてほしいだろう。 「鍵開いてるし……。彼女が寝ちゃってエサをもらえないとか?」 そう納得して、屋田君と二人で部屋に上がることにした。レイザーストーンは知っている人間なら勝手に入っても怒りはしない。……というか、気付かない。何かに集中していると周りのことは何もわからないのだ。「あ、いたの?」と言われることもたびたびだ。 狭い台所を通り抜けて、奥の部屋のドアを開けた。一応、彼女好みの呼び方で声をかける。 「レイザーストーン先生?」 ――誰もいなかった。雑誌や服が床に散乱している。紙が散らばって落ちているところもある。つけっぱなしのテレビ。何かを印刷したプリンタ。真ん中の机の上には開いたままのノートパソコンが一台、飲みかけの紅茶と食べかけのお菓子、携帯電話、テレビのリモコン。座椅子にレイザーストーンが座っていれば、いつもの光景だ。ホントに片付けできない人なんだから……。 「出かけてるんすかね?」 屋田君が呟いた。 「いくらだらしないレイザーストーンでも、玄関の鍵くらい閉めて出かけるわよ。それに、私が来ることはわかってるはずなのに……」 しょうもない人だが、無断で約束をすっぽかすようなことはしない。 『ニャー! ニャー!』 ちーちゃんが懸命に訴えている。部屋の隅のエサ皿は見事に空っぽだ。私は棚からキャットフードを出して、皿に入れてあげた。ちーちゃんがものすごい勢いで食べ始める。 「すごい食欲っすね……」 屋田君も驚いている。キャットフードはみるみるうちに減っていく。空っぽになるとおかわりを要求してきた。足りなかったらしい。追加してやると、またがっつき始める。 「これ、しばらく食ってなかったんじゃないっすか? うちの猫が三日くらい家出して帰ってきた時と同じような感じですけど」 確かにこの食べっぷりは尋常じゃない。でも、レイザーストーンがちーちゃんの世話を放っておくなんて……? 「原稿ってこれっすかね?」 屋田君がプリンタの排紙トレイにたまっている紙を取って私に渡した。 「そう、これこれ」 いつも印刷した原稿と一緒にデータも渡してくれるんだけど……。パソコンを見ると、USBメモリが差し込まれている。多分これだと思いつつ、一応スリープ状態を解除して確認することにした。 「……『妄想王にオレはなる』?」 ……パクリ? あとは、登場人物の設定やシーンの流れを箇条書きにまとめたものが画面に映っている。新作の構想だろう。いや、妄想メモか。とりあえずそのブラウザを最小化して、USBメモリの内容をチェックした。やはりうちが依頼したものだ。 「レイザーストーン先生、どこ行ったんすかね? 勝手に持って帰るわけには……」 「そうね。屋田君の引き継ぎもあるし」 一応トイレと浴室ものぞいたが、レイザーストーンはいなかった。 「俺たちを脅かそうと、隠れてるとか?」 「……やりかねないけど、ちーちゃんのエサは用意しておくと思う」 時々思いつきで突拍子もないことをしたりするけれど、猫のエサや出入りには常に気を配っている。ちーちゃんは食べ終わって毛づくろいをしていた。 「急な買い物ですかね?」 「あり得なくはないけど……。この間も突然『ボク、プリン食べたい! プッチンしたい!』って私を置いてコンビニに買いに行ったし。でも、十分くらいで帰ってきたから」 気まぐれな変人に付き合うのは大変だけど、約束の時間にいないなんて初めてだ。さっきも言ったが、連絡もなくすっぽかすようなことはしない。昔からそこだけは常識的で律儀なのだ。そこだけ、ね。 「とりあえず、待つしかないっすか?」 「そうね……」 散らかっている物を動かし、座るスペースを作った。
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