「トウちゃんは? まさか担当辞めないよね?」 レイザーストーンは真顔で私に尋ねてくる。 「私は別の人の担当になるの。他にも仕事があるし」 「ボク、トウちゃんが担当のほうがいいな。何でも言えるし。あ、何なら屋田君と二人で担当でもいいよ?」 ちーちゃんの頭を撫でながら言う。屋田君だけって選択肢は無いわけ? 「ただでさえうちの出版社、人数少ないから……」 「掛け持ちでもいいじゃん。そもそも今の時代、編集者が特定の物書きの専属っていうのは稀でしょ? 漫画家とか昔の大作家ならともかくさ。トウちゃんが担当じゃないならボク書かないって社長に言うよ?」 ……痛いところを突いてくる。個人的には筆を置いてもらっても全然構わないんだけど、社長が妙に肩入れしてるのよね……。就職難の時代、クビにされても困るし。 「……屋田君ともども、よろしくお願いします」 悔しいが、こう言うしかない。こうなったら道連れを作っちゃえ。屋田君があっという顔をした。慌ててレイザーストーンに訴える。 「いえ、先生みたいな偉大な妄想家に俺なんかじゃ釣り合わないっすよ。トーコ先輩のようにベテランで、気心の知れた仲のほうがよくないっすか?」 自分だけ逃れようというわけ? 甘いわよ、屋田君。 「でも、ちーちゃんは屋田君から逃げなかったわよね? 人見知りなのにね」 「ちーちゃんが認めた人なら間違いないね。屋田君も担当にけってーい! おめでとー!」 青ざめた屋田君。ふふっ、知らなかっただろうけど、レイザーストーンの人を見る基準の一つはちーちゃんなのよ。ちーちゃんが逃げないなら真の猫愛好家、信頼できる人って評価するの。社長には逆らえないし、運命共同体ってことでよろしくね。 「じゃあ、屋田君の担当初仕事ってことで、原稿もらってもいいかしら?」 「はいは〜い」 印刷した紙とUSBメモリを屋田君に渡してくれた。屋田君は固まったままそれを受け取る。 「今回から、妄想の陰の部分に焦点を当ててみたんだ。正しい妄想を知らないことから起こる弊害を挙げていくから」 今彼女に依頼しているのは雑誌のコラム連載だ。タイトルは『おバカな妄想家が語る現代妄想の光と影』。……一体誰が読むのだろうか? 社長は偉くお気に入りだけど。 「そうそう、屋田君の携帯、教えとくね」 「基本トウちゃんに連絡するけど、念のため聞いとこうかな」 本人そっちのけで屋田君の連絡先を伝達。これで運命共同体はばっちりね。 「あ、そうだ。ナーナが行方不明だって有江おばさんに電話したんだけど、詐欺だって思われちゃったから。誤解解いといてね」 「ボクが行方不明ってアリティーヌに言ったの? まあ、前に予告なくハワイ行っちゃったこともあるから心配しなかっただろうね。わかった、後でママンに電話しとく」 「それから、下の階のタク君とコトちゃんが来たよ。後でお母さんも来て文句言ってた。子供のおやつを取り上げるなってことと、夜中の話し声は小さめにって」 「強制したつもりはないんだけど。『美味しそうだな〜、いいな〜』ってじーっと見てただけで。声の大きさも気を付けてるんだけどなあ……。音無さん、耳が良すぎるのかな? うん、わかった。善処する」 物欲しそうにじっと見られたら、子供でも食べにくいって。あの親子、音無さんって名字なんだ、へえ。 「トウちゃん、伝達事項はそれで終わり?」 ちーちゃんを抱え直してレイザーストーンが聞いてきた。 「えーっと……。とりあえず原稿ももらったし、伝えるべきことは伝えたと思うけど」 「……まだ一つ聞いてないことがあるんすけど」 屋田君がおもむろに口を開いた。あ、固まってた体がだいぶほぐれてる。
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