とにかく必死にレイザーストーンの腕を振りほどいて離れた。 「……ボクより、その猿の親戚を選ぶんだ」 恨みがましく呟くレイザーストーン。「猿の親戚」って屋田君のこと? ちょっと、初対面の人に失礼でしょ。……ん? でも進化論から考えれば、人間はみんな猿の親戚ってことにならない? ……って、いやいや、屋田君とはそういう関係じゃないから。 「トウちゃんはボクのこと嫌いなんだね……」 縮こまっていじけてしまった。あの、「父ちゃんはボクのこと嫌いなんだね……」って聞こえるから。指で床に文字を書くんじゃない! 三時間前の屋田君と全く同じポーズなんですけど。 「ボクのことなんか、どうでもいいんだね……」 すっかり根暗モード。負のオーラが半端ない。彼女はちーちゃんをぎゅっと抱きしめた。 「……どうでもよかったら、ほっとくわよ。手掛かりを探そうとしたり、有江おばさんに電話かけたりしない」 仕方なくそう言ってやる。レイザーストーンが顔を上げた。 「トウちゃん……」 「腐れ縁だからしょうがないじゃない。万一のことがあったら寝覚めが悪いし、せっかく新しい担当を連れてきたのに顔を合わせないまま帰るのもね……」 本当に仕方なく付き合ってあげてるのよ? なのに……。私、声が少しうわずってる。 「……新しい担当って……。もしかして、この猿?」 親戚から猿そのものに格上げされてしまった屋田君。……格上げ? 格下げ? どっちかしら? 不機嫌を堪えつつ、屋田君がもう一度挨拶した。 「レイザーストーン先生の担当を引き継ぐ、屋田葉です」 「なら帰って」 即答したレイザーストーン。彼女の怒ったような顔に、屋田君が固まる。 「ボクの担当、嫌なんでしょ? だったら無理にやってもらわなくてもいいよ」 「え、あの……。まだそんなこと言ってないんすけど……」 「言ったじゃん。『やだよう』って」 ……屋田君のフルネームを勘違いしてる。確かに及び腰だけどね。嫌なら別にいいって言うなら、私のこともさっさと解放してほしかった。 「それ、俺の名前っす……」 「あ、そうなんだ。ははっ、しっつれーい」 途端に笑顔。はー、ホントに疲れる。でも、これが日常なのよね。無事で何より、か。 「屋田君さー。ボクのことどのくらい知ってる?」 「サイトも見たし、トーコ先輩からもいろいろと……。今日だけでも先生の変人ぶ……いえ、ユニークさが身に染みました」 屋田君、懸命に言葉を選んでいる。 「じゃあ、質問ね。『THE PLACE』で一番好きな登場人物は誰?」 「……えっと……」 あ、屋田君は『コトノハ』しか読んでいない。答えられるわけがない。 「いないの? 八割方はセイラかグレイヴィル伯爵なんだけどね。そっかー、屋田君が気に入るようなキャラはいなかったか。ボクの力量不足だな」 ……良いように解釈してくれた。 「次行くよ。第二問。『Kの遊び場』で、えるがはまったドラマのタイトルは? 役名でもOKだよ」 ……作品のカルトクイズになってる。屋田君、再びピンチ。 「そこまでは……」 まあ、それが無難な答えか。 「えー? これ、ボクの書いたお話の基礎知識だよ? ホントにボクのファンなの?」 いや、基礎じゃないから。上級者向けだから。それに、いつ屋田君がアンタのファンだって言った? 勝手にそう思い込んじゃったのね……。ふくれっ面されても、こっちに責任はないから。 「トウちゃんはボクの作品全部読んで、メインキャラも細かいギャグも覚えてるよ? 担当になるんだったら、相手の作品を読み込まなくちゃ」 レイザーストーンにしては正論だ。屋田君はプライドを傷つけられたように感じたのか、ムッとした顔で言い返した。 「でも俺、『コトノハ』に感動したんすよ。『究極の妄想は真の愛を生み出す』ってやつが特に。これ、全ての結論じゃないすか」 屋田君、これは正確に覚えてた。レイザーストーンの瞳が輝き出す。 「すごい! よくそこに気付いたねー。そうなんだよ、あれ、わざと最後に書いたの。いやー、わかってくれる人がいるなんて」 上機嫌だ。今のうちに……。 「レイザーストーン先生。そういうわけで、これからは屋田が担当ですので。よろしくお願いします」 お仕事モードでさっさと引き継ぎを済ませた。……はずが。
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