(四)失踪の真相
親子を見送ってから、そういえばレイザーストーンは拉致されてたんだっけと思い出した。一大事のはずなのに、それを忘れさせる彼女のこれまでの言動って……。あ、意外にアパートの住人が犯人とか? 恨みが積もり積もって爆発、という人もいるかもしれない。とりあえず下のお母さんじゃなさそうだけど。もちろんタク君とコトちゃんでもない。おやつの件はアレだけど、二人は彼女に懐いてる。いなくなったら悲しむだろう。 そんなことを考えながら奥の部屋に戻った。ちーちゃんは座椅子の上で毛づくろいをしている。屋田君と顔を見合わせ、互いにため息をついた。私たちがここに来てから、もう三時間が経過している。電話切られちゃったけれど、もう一度有江おばさんにきちんと話さなくちゃ。携帯を手に持ちリダイヤルしようとしたら―― 「ちーちゃあぁん!」 玄関からバタンとすごい音がして、叫び声とともに部屋に駆け込んできた人物が。 「ちー様、申し訳ございません!」 私と屋田君を無視して、座椅子のちーちゃんの前で土下座。 「せっかくいいアジを手に入れたのに、野良猫に奪われてしまいました! 取り返そうと追いかけたのですが、見失ってしまい……。帰りも遅くなり、本当に申し訳ございません! お腹ペコペコですよね? この罪は、今すぐスーパーで高級刺身を買うことで償わせてください!」 ちーちゃんは無視して毛づくろいを続けている。屋田君と二人、呆気にとられていたが……。 「……もしかして、レイザーストーン先生?」 屋田君が先に口を開いた。 「アンタ、無事だったの?」 私も思考が半分停止したような状態のまま声を出した。彼女が振り向く。見覚えのある幼馴染だ。 「トウちゃん! どうしてここに?」 ……その呼び方、やめてくれない? 「父ちゃん」みたいだから。何度言っても聞かないけど。携帯に登録されていた私の名前も「トウちゃん」だった。 「どうしてって、今日原稿取りに来る約束でしょ?」 「ああ、そうだった。いやー、まさかこんなことになるとは思わなくて。ゴメン、約束の時間とっくに過ぎてるね。待たせてゴメンね。携帯が無かったから連絡もできなくて……あれ? トウちゃん、なんで泣いてるの? そんなに待つのが辛かった?」 やだ、何言ってんのよ。別に泣いてなんか……。でも、頬に温かい液体を感じる。どうしよう、止まらない。 「先生の姿が見えないから、誰かにさらわれたんじゃないかって心配してたんっすよ」 屋田君が代わりに答えてくれた。 「えーっと、キミ、誰?」 当然の疑問だ。何も伝えてないし、屋田君とは初対面だしね。 「阿呆鳥出版の屋田です」 屋田君が自己紹介した。 「……まさかトウちゃん、ボクという者がありながら浮気したの!? 今まで、この男と二人っきりで、ボクの部屋で何を?」 ちょっと……。ふざけたこと言わないでよ。屋田君はただの後輩だし、帰ってこないアンタが悪いんじゃない。それに、アンタとは恋人や夫婦じゃないでしょ? 私はそういうシュミ全く無いし。 「バカ……。美……ちゃんのバカ……」 泣き笑い? ホントにバカみたいだ、私。 「トウちゃん、その名前で呼ばないでって言ったじゃん。『レイザーストーン先生』とか、『ナーナ』って呼んでよ」 相変わらずのマイペースぶり。正真正銘のレイザーストーンだ。 「……ナーナ、どこ行ってたの?」 「どこって、ちーちゃんのアジを奪った野良猫を追いかけて……。あー! 刺身買いに行かなくちゃ! あ、でもとりあえず何か食べたいか。ちーちゃんの栄養が……」 慌てて棚に向かう。 「待って、さっき食べたから」 キャットフードを出そうとしたレイザーストーンの動きが止まった。 「……トウちゃん、ちーちゃんにご飯あげてくれたの? 吐かなかった?」 「吐く……?」 どういう意味? 屋田君も不思議そうな顔をしている。 「ちーちゃん、昨日の夜に戻しちゃったんだよね。食べ過ぎなんだけど。ちょっと断食させたほうがいいと思って、今日の昼ぐらいまでご飯控えるつもりだったんだ」 ……だからちーちゃん、キャットフード大盛り二杯がっついたんだ。なんだか涙が乾いてしまった。
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