このお母さん、私と同い年くらいじゃないだろうか。かなり険しい顔をしている。 「勝手に光石さん家に行かないって約束したでしょ!」 「ごめんなさい。でも、ちーちゃんに会いたくて……」 タク君もコトちゃんもうなだれている。母親は私と屋田君をじろっと見た。 「あの人はいないみたいですね。留守番の方ですか?」 「仕事の関係で来たんですけど……」 「どういう仕事か知りませんけど、うちの子にちょっかい出さないよう伝えてもらえますか?」 言葉は丁寧だけど、棘を感じる言い方だ。屋田君の腕からちーちゃんがすり抜けた。奥の部屋に走っていく。 「でも、猫に触れてうれしそうでしたよ。失礼ですけど、彼女のことをあまりよく思っていらっしゃらないんですか?」 おそるおそる聞いてみた。 「このアパートの人は、みんな嫌ってますよ」 同じアパートの住人だったのか。全員を敵に回すって、彼女は一体何をしたんだろう? 「本当はここはペット禁止なんです。飼えるのはせいぜい金魚とか小鳥くらい。でも、光石さんは堂々とあの黒猫を持ち込んだんです」 全体のルールを破ったんだ……。それは不快感を抱かせるだろう。 「注意しても聞かないんですか? 大家さんとか、管理人さんから言っても駄目なんですか?」 ちーちゃんには申し訳ないけれど、社会には守るべきルールがある。 「大家さんが近所なので、管理人はいません。私たちから大家さんに伝えて注意をお願いしたんです。だけど……」 母親の顔が歪んだ。 「光石さん、『この子はペットじゃない! ボクの姉です!』って」 「……」 どう考えても無理があるでしょ、その設定。 「『死んだ姉の命日に出会ったんです! 姉の生まれ変わりなんです! 生きているうちにできなかったお姉ちゃん孝行をしたいんです!』って力説して。大家さん、涙もろいから泣いて同情しちゃって……」 「……」 なんでそんな話を信じるわけ? しかも泣く? レイザーストーンは長女ですけど。 「結局、特例で同居OK。不公平ですよ。飼いたくても我慢してる人もいるし、猫が嫌いな人もいるし」 「それで嫌われてるわけですか……」 嘘をついてまでちーちゃんと一緒に暮らしたかったのか。いや、本当にそう思い込んでいる可能性もあるけど。根性は認めるけれど、総スカンを喰らうのは仕方なさそうだ。有江おばさん、恨まれるはずのないあなたの娘さん、見事に恨まれてますよ。 「それだけじゃないんですよ。うちの子からお菓子をせしめるし、夜中に『フミャーッ!』とか『ミギャッ!』とかうるさくて。特にうち真下だから」 「……」 「注意しても『騒がしくてすみませんでした。姉と話してただけなんですけど』って平然としてて。大家さんはあの話を信じちゃってるから強くは言わないし」 ……見事に周りに迷惑かけてるんですけど。フォローのしようがない気がする。だけど、子供に罪はない。レイザーストーンが誘拐するわけでもないし。おやつの件は厳しく言っておかなくちゃ。 「大変ですね。わかりました、私からも伝えておきます。でも、お子さんたちが遊びに来るのは許可してあげてください。動物とふれあうこと自体は悪いことじゃないですよね? ――ちゃんとママに言ってからここに来るようにしようね」 こう言うしかないだろう。子供たちは頷いた。 「よろしくお願いします」 母親がそう言って頭を下げ、親子は帰って行った。
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