(一)消えたレイザーストーン
「いやー、憧れだったんっすよね。作家のところに原稿取りに行くの」 屋田君が興奮気味に話しかけてくる。編集者らしい仕事ができるのが余程うれしいらしい。まあ、普段は雑用ばかりだからね……。 「作家じゃなくて妄想家。いくつか物語も書いてるけど、本人はそう名乗ってるから。あと、絶対本名で呼ばないで。『レイザーストーン先生』で」 私は屋田君にもう一度注意事項を伝えた。彼が笑っていられるのは今のうちだけだろう……。かわいそうに。 私の名前は城戸井津川塔子(きといつかわとうこ)。阿呆鳥出版の編集者だ。名字がややこしいので、「トーコ」と呼んでもらっている。今日は新人の屋田葉(やだよう)と一緒に妄想家ナーナ・レイザーストーンの家に向かっている。 外国人のような名前だが、彼女のペンネームだ。本人は生粋の日本人。妄想家という肩書きとペンネームが気に入っているようで、違う呼び方だと反応してくれない。面倒臭い人だ。その作風から「優しい繊細な人」というイメージを持つ読者もいるようだが、はっきり言って、ただの根暗の変人。いい年した女性のくせに自分のことを「ボク」と言うし、片付けは下手だし、気分屋だし、世俗に疎い割には変なところでオタクだし、猫を異常にかわいがるし、何より妄想癖がすごくて思い込みが激しい。ただの風邪を難病と勘違いしたり、自分は薄命だと思い込んで泣きながら遺書をしたためたこともある。とてもついていけない。 「レイザーストーン先生って、名前が売れてきたのつい最近っすよね? なんでトーコ先輩はよく知ってるんすか? うちが原稿を依頼できたのも、トーコ先輩のおかげだって聞きましたけど」 「……幼馴染の腐れ縁。あんまり関わりたくないんだけど」 昔から変わった人だった。正直、付き合うのに疲れる。就職して縁が切れたと喜んでいたのに、彼女の作品をネットで見た社長が面白そうな書き手だと目を付けたのが運のつき。私も読んでみて、昔彼女が語った妄想に似てると呟いたのがまずかった。社長に言われて確認したところまさに当人で、私のこともしっかり覚えていた。担当にされてしまい、再び彼女に振り回される日々。社長に交渉して、先日やっと屋田君に担当を引き継ぐことが決まった。屋田君には申し訳ないけど、私はこれ以上彼女のお守りをしたくない。今日の訪問は、原稿の受け取りと彼との顔合わせを兼ねている。 「レイザーストーン先生って名言集も出しましたよね? 俺、『コトノハ』読みました」 屋田君が思い出したように言う。 「名言集じゃなくて迷言集。迷う言葉ね」 屋田君の間違いを訂正してあげた。そう、彼女の言葉は決して名言ではない。全ての根拠は妄想なのだから。もっとも、その妄想が執筆の原動力になっているのだけど。 「曰く、『人間は暴走する葦である』。いや〜、深いっすね」 「……暴走じゃなくて妄想。ホントに読んだの?」 担当になるのに、彼女の一番根底にあるものを理解してなくて大丈夫かしら? まあ、彼女とうまくやっていける人間なんてそういないだろうけど。
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