客間に残ったのは、銀之助と紅葉、遥の三人だ。遥は大きく息を吐いた。 「やっぱり狂言でしたか……」 「いや、お見事です」 銀之助の表情も和らいだ。 「ドラマとかの影響なのか、慰謝料と言えばお金をふんだくれると勘違いする人がいるんですよね……。実際は実害と照らし合わせた上で金額は決めるんですけど」 困ったものだと遥が肩をすくめた。 「さっき先生がおっしゃってましたが、本当に中絶には慰謝料がないんですか?」 銀之助が尋ねた。 「妊娠は原則双方の責任ということになりますし、無理やり関係を持たされたとかでなければ慰謝料は要らないんです。男性側が手術代に少し足して払ったり、若い人なら割り勘というケースが多いようですね」 遥は淡々と答えた。 「……センセ。本当にその筋の人と……?」 紅葉がおそるおそる尋ねた。 「ああ、蓮城さんですか? 実際に獅子岡組にいますよ。お会いしたことはないですけど」 遥がくすっと笑った。 「ただのハッタリです。入墨が偽物だと気付いたので、逆に脅して揺さぶっただけです。恐喝罪にはならないと思うんですけど」 ペロッと舌を出した遥がかわいらしくて、紅葉は思わず微笑んだ。 「それなら安心して先生に近づける。恋人がいないなら、俺なんかどうですか?」 遥は苦笑して答えた。 「合気道で投げ飛ばされてもいいのなら、どうぞ」 紅葉が少したじろぐ。 「……センセ、眼鏡取ったら結構美人でしょ? コンタクトにしたらいいのに」 「何度か挑戦したんですけど、どうしても合わなくて。眼鏡のほうが知的に見えてクライアントの信用を得やすいという利点もありますので」 「でも、もったいないなあ……」 紅葉が大げさに嘆いた。銀之助が叱りつける。 「まだ懲りないのか。これを機に女遊びはやめろ」 「でも、あいつらの狂言だったんだし」 紅葉の言葉に遥が首を振った。 「おそらく妊娠は事実でしょう。紅葉さんからさらにお金を引っ張り出せると思って、お芝居したんじゃないでしょうか。ヤクザがバックにいるとなると、あれこれうるさく言われずに大きく稼げると考えたんでしょう。一応彼女に妊娠と手術の確認をして、手術代だけ渡してあげたらどうですか? それで今後一切関わらないということで。一筆書いてもらってもいいですし」 遥の提案に銀之助が頷いた。 「そうしましょう。こんな優秀な弁護士さんがいてくれて本当に助かりました。若いのに、度胸も大したものだ。――そうだ。よければ、うちの顧問弁護士になってくれませんか? 株式会社ズィルバーンの力になってくださるとありがたいのですが」 「そんな、私のような未熟者が……」 遥は銀之助の申し出に恐縮した。 「先生の実力はすでに実証済みじゃないですか。お人柄もまっすぐで誠実ですし。娘と息子を助けてくださった森宮先生なら安心です。信頼してお願いできます」 「……保科社長がそれでよろしければ」 遥の返事を聞いて、銀之助は顔をほころばせた。 「食事に戻りましょう。新しい顧問弁護士の歓迎も兼ねて、みんなで乾杯しましょうか」 上機嫌の銀之助に連れられ、遥と紅葉も階段を上り食卓へ向かった。
|
|