客間で対面した麗奈の兄は、肌蹴たシャツからいかにもヤクザらしい入墨が覗いていた。麗奈は隣で大人しく座っている。銀之助と紅葉が二人の正面に座り、遥は斜め横に腰掛けた。 「てめえが麗奈を傷物にした保科紅葉か」 麗奈の兄はドスの利いた声で紅葉を睨んできた。 「その女は何だ? 新しい女か?」 遥を訝しげに見つめる。 「弁護士の森宮といいます。たまたまお邪魔していたのですが、お話次第ではお役に立てるかと」 「お偉いセンセイは引っ込んでな」 麗奈の兄はそう吐き捨てると本題に入った。 「麗奈はてめえの子供を堕した。手術の後に感染症を患って、もう妊娠できないかもしれないと言われた。てめえのせいだ。精神的苦痛も含めて、慰謝料二百万払え」 「二百万?」 紅葉は目を剥いた。 「五十万のはずじゃ……」 「感染症の治療にも金がかかったし、これから子供ができねぇかもしれないんだ。結婚できなかったらどう責任取ってくれる? 本当なら一生面倒見ろって言いたいのを二百万に負けてやってるんだ。安いだろ?」 あまりの言い様に銀之助も反論した。 「気を悪くされたら困るが、お互い合意の上での関係だったはずだ。手術代と治療費は払うが、不確かなことまで責任を取れというのは……」 「将来への不安も精神的苦痛だっつってんだよ!」 逆ギレされてしまう。遥が口を挟んだ。 「失礼ですが、診断書と病院の領収書はお持ちですか?」 「今日は持ってきてねぇよ」 「こういうお話をされるなら、お持ちになったほうがいいですよ。二百万の根拠も明白になりますし。本来中絶手術には慰謝料は発生しないんですけどね」 物腰は柔らかいが、遥が動揺している様子はない。 「何だと?」 麗奈の兄が遥をじろっと睨んだ。 「請求に値する内容が証明されれば、言い分も通ります」 「ふざけたことぬかすな!」 「根拠があったほうがお金を要求しやすいということですよ」 遥の態度は変わらなかった。 「病院に提出する同意書はどうされましたか?」 「持ってきてねぇっつってんだろうが!」 「いえ、どなたがお書きになったのかということです。中絶には必ず相手の男性の同意書が必要です。紅葉さんに頼んだ感じではなさそうですね」 「お、俺が代わりに書いたに決まってるだろうが!」 麗奈の兄はわずかに言葉が詰まった。 「それでは文書偽造ですよ? 紅葉さんが堕すよう言ったのですから、頼めばちゃんと書いてくれたはずです。まあ、友人に書いてもらう人も多いと言えば多いですけど、法に触れてるんですよね」 「細けぇことをうだうだ言うんじゃねえ! 誰でもやってるならいいだろうが!」 「それでも犯罪は犯罪ですので」 遥は平然としている。 「てめえ、黙れ! 痛い目見てぇのか!」 「そうなると暴行罪ですが。警察に連行されますね」 麗奈の兄は遥に掴み掛かった。 「俺が誰か知ってんのか? 獅子岡組を敵に回す気か?」 「獅子岡組ですか。蓮城さんはお元気ですか?」 「なっ……!」 遥は麗奈の兄の腕を払った。 「あまりうれしくないんですけど、仕事柄知り合いが何人かいるんですよね。意外に皆さん義理人情に厚くて、気に入った人間には良くしてくれますね。ちょっと聞いてみましょうか? 獅子岡組として、あなたのような行動は許されるのか」 麗奈の兄は顔面蒼白になった。麗奈も「まずい」という表情を浮かべている。 「堂園さんでしたね。どの程度の地位にいらっしゃるんですか? ――そもそも、シールの入墨のヤクザってどうなんですかね?」 それを聞いて、麗奈も兄も一目散に退出していった。
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