「森宮先生、遠慮なさらず召し上がってください」 銀之助は遥を保科邸に招いた。紅葉を窮地から救ってくれた礼だった。夕食の席に家族そろったのも久しぶりだ。 遥が電話した時、すでに銀之助もみどりから連絡を受けていた。警察に向かってはいたものの、いつも頼りにしていた五十嵐の代わりにどの弁護士に相談したものか迷っていた。遥の申し出はとてもありがたかった。警察の取り調べで「死体に驚いて逃げただけ」と繰り返すのみでしどろもどろになっていた紅葉を、遥は理論立てて弁護し、釈放に導いた。 まもなく真犯人が捕まった。早退したと証言していた、佐々稲静香という五十嵐の事務所の事務員だった。五十嵐が過去に担当した殺人事件の被害者の恋人で、被告の無罪を勝ち取った五十嵐を恨んでいたのだ。もっとも殺すつもりはなく、五十嵐が莫大な裏金を受け取っているという証拠を探して罪を暴くつもりだったという。証拠のデータをみつけコピーしている最中に五十嵐にみつかり、争っているうちに置物が五十嵐の頭に落ちてきたということだった。 「佐々稲という事務員も、殺すつもりがなかったのならさっさと自首すればいいのに。紅葉が取り調べを受ける必要はなかったんだ」 「でも、彼女の気持ちはわかります。ようやく証拠を手に入れようとしてたのに思いがけない事態になって、気が動転したのでしょう」 銀之助の言葉に遥が返した。 「五十嵐先生が裏金なんて……。どうやってその事務員は知ったんですかね?」 碧斗が不思議そうに言った。 「匿名の手紙を受け取っていたらしいですが……。後は警察が調べるでしょう」 遥が答える。 「事件の話はそれくらいにしませんか? せっかく田頭さんが腕によりをかけて作ってくれたんですから、食べましょう。先生、お酒はいかがですか?」 みどりが遥に尋ねた。 「ありがとうございます。でも、明日は少し早いので遠慮させてください。飲みすぎると朝起きれないんですよ」 遥はにこやかに答えた。紅葉がにやっと笑った。 「森宮センセ、俺が添い寝して起こしましょうか?」 「紅葉! 先生に失礼でしょ! そもそもあなたの日頃の行いが悪いから、警察にも疑われるのよ」 みどりが紅葉をたしなめる。紅葉はしょぼくれてしまった。紫音は久しぶりの一家団欒がうれしかった。紅葉の容疑も無事に晴れたし、急な依頼にも対応してくれた遥に感謝していた。 「紅葉さん、紫音さんに感謝してくださいね。紅葉さんを助けたい一心で動いてくれたんですから。兄思いのかわいい妹さんじゃないですか。大事にしないとバチが当たりますよ」 「……はい」 遥の言葉に紅葉が神妙な顔で返事をした。みんながくすくす笑う。紫音はなんだかくすぐったかった。 突然インターフォンが鳴り、智佐子が応対のため部屋を出た。顔色を変えて戻ってくる。 「堂園麗奈さんとお兄さんだと名乗る方が来ておられます。紅葉さんと話をさせろと。その……お兄さんという方が、あまりガラが良くないようなのですが……」 銀之助は顔をしかめ、紅葉は青ざめた。 「今来客中だと帰ってもらえ。改めて来るよう伝えろ」 「それが……会わせないのなら、紅葉さんのしたことを言い触らすと」 銀之助は舌打ちした。 「仕方ない。一階の客間に通せ」 「かしこまりました」 智佐子は再び部屋を出た。 「あなた……」 みどりが心配げに銀之助をみつめる。事情を知らない碧斗と紫音も、ただならぬ空気を察した。 「紅葉、一緒に来い。お前の客だ」 「私も同席しましょうか? 法の観点からお役に立てるかもしれません」 遥が申し出た。 「先生は恩人ですから、あまりご迷惑をおかけしたくはないのですが……」 「同じようなケースの相談も受けたことがあるんですよ。せっかくの楽しい食事を台無しにされては、私も腹が立ちますから」 銀之助は遥の顔を見た。 「すみませんが、お願いできますか?」 「はい」 銀之助と紅葉と遥は一階に下りていった。
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