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作品名:シロツメクサで冠を 作者:光石七

第36回   (九)シロツメクサのレクイエム
(九)シロツメクサのレクイエム


 警察は森宮遥を殺害した容疑で田頭智佐子の行方を追ったが、なかなか足取りを掴めなかった。一週間後、智佐子は県境の山の中で遺体となって発見された。木の枝にひもをかけ、首を吊って死んでいた。智佐子の遺体を引き取ったのは銀之助だった。智佐子は銀之助の異母姉だったのだ。他に身寄りがなく路頭に迷っていたところを、銀之助が家政婦として雇ったのだという。この事実には誰もが驚いた。
 ある日、紫音と話がしたいと、森宮総合法律事務所で事務をしていた暁子が保科邸を訪ねてきた。暁子は紫音に言った。
「森宮先生は、紫音さんのことを本当の妹のように思っていました」
 銀之助から遥がわざと自分に近づいたと聞かされていた紫音は、すぐには信じられなかった。
「あんなに楽しそうに笑う先生は見たことがありませんでした。紫音さんが事務所から帰ると、いつもうれしそうに私に報告するんです。『私みたいな弁護士になりたいって言われた』とか、『いいお店を教えてもらった』とか。普段はとても冷静でてきぱき仕事をこなす人なのに、子供みたいにはしゃいで……。先生は恵まれた家庭環境ではなかったから、紫音さんと仲良くなれて本当にうれしかったんだと思います」
 紫音も遥を姉のように慕っていたが、演技だと知らされると何もかも虚しくなった。あの表情や言葉は嘘ではなかったのか。
「私は詳しいことはわかりませんが、お父さんと仲違いしたからといって、嫌わないであげてください」
「別所さん……」
 紫音は暁子の顔をみつめた。
「先生は、本当は寂しがり屋なんですよ。先生のこと、覚えていてあげてください。私もそのつもりです」
 暁子が穏やかな微笑みを浮かべた。遥の笑顔が重なる。――信じていいのかもしれない。紫音は涙がこみ上げてくるのを感じた。


 百瀬はいつもの老婦人に付き合って喫茶店にいた。やはり聞かされるのは同じ内容だ。
(まるでテープレコーダーだな)
 飽き飽きしているのを表情に出さないよう気を付けながら、相槌のタイミングをうかがう。
 聞き覚えのある音楽が耳に入ってきた。『Top of the World』のインストルメンタルだ。
(初めて聞いたカーペンターズの曲が『Top of the World』だったんです)
 学生時代、『洋愛』で遥がそう言っていた。親が歌っていてカッコよかったので、教えてほしいとねだったら、CDを買ってくれたという。それですっかりはまってしまったと、照れながら話していた。本当は父親に初めて買ってもらった物だと打ち明けてくれたのは、百瀬に全てを告白した時だった。父と母が二人で歌っていて、自分だけ仲間外れで悔しかったのだと。
(今頃、親子で歌ってるかな。本物のカレン・カーペンターに会ってたりして)
 百瀬は店内の音楽に耳を傾けた。
「百瀬さん、どうしたんです? 大丈夫ですか?」
 涙が溢れそうになっている百瀬に、老婦人が心配そうに尋ねてきた。
「いえ、大丈夫です。いいお孫さんですね、赤ちゃんを見せに来てくれるなんて」
 百瀬はいつもの相槌を打った。老婦人が笑顔に戻る。
「そうなんですよ。そうそう、この間写真をメールで送ってくれましてね。見ますか?」
「はい、ぜひ」
 老婦人は携帯電話をバッグから取り出した。
「嫁が待ち受けにしてくれたんですよ。私はどうもうまく使えなくて」
 老婦人が百瀬に携帯の画面を見せた。三歳くらいの女の子がシロツメクサの冠を頭に載せて笑っていた。


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