「あなたが父から奪ったものを奪ってやりたかった。父に与えた苦痛を味わわせてやりたかった」 遥の言葉に銀之助ははっとした。 「まさか……。そのために紫音を助けたのか? 俺に近づくための、芝居だったのか!?」 「芝居ではありません。素行の悪そうな少年に声をかけはしましたが」 遥は姿勢を正した。少し平静を取り戻したようだ。 「何てことを! 紫音を襲わせたのか?」 「罪のないお子さんを傷つけるのは本意ではありません。ちゃんと大事に至る前に助けました」 遥は淡々とした口調だ。 「ふざけるな! 紫音がどんなに怖い思いをしたか……。しかも、紫音はお前に心酔して弁護士に憧れている。それが、ちゃちな芝居だったと知れば……」 「だから、芝居ではないと言ってるじゃないですか。紫音ちゃんに恨みはないし、いい子だと思ってますよ。彼女へのケアやアドバイスも本心からです」 遥は銀之助から視線を外さない。 「信じられるか! ……紅葉に殺人容疑がかかったのも、麻薬に手を出したのも、碧斗の婚約破棄も……。何もかもお前の差し金か!」 「誤解しないでください。私が憎いのはあなたと、あなたに入れ知恵した五十嵐弁護士です。お子さん方をどうこうしようとは思ってない」 高揚する銀之助に、遥は落ち着いた口調で話す。 「……五十嵐先生を殺したのはお前か」 「殺してません。五十嵐先生の元で働いていた人から不正の話を聞いて、佐々稲さんに教えただけです。彼女にも、命を奪うよりも社会的制裁を受けさせようと諭しました。あれは事故です。おかげで、不正の事実は取り扱いが小さくなってしまいました」 「なるほど、自分では手を汚さず、か。うまく立ち回って、俺たちを不幸に陥れていったわけだ」 銀之助は笑いたくなった。何がまっすぐで誠実な弁護士だ。とんでもない食わせ者だった。 「奥さんやお子さんたちには何もしてませんよ。最初に紫音ちゃんと縁を持つために少し小細工はしましたが。私のターゲットは初めからあなたですから」 「どうだか。まんまと騙されていた。――こんな奴を顧問弁護士にしたとは」 銀之助は自分をあざ笑った。 「私が頼んだわけではありません。なるべく近づいて、代表取締役社長の地位から引きずり下ろす機会をうかがうつもりでした。顧問弁護士になれたおかげで、ズィルバーンの内部も知ることができ、ラッキーでしたが」 「鷹野や重役たちを操ったのか。息子の噂まで利用して……。お前は自分の目的のために罪のない人間まで巻き込んだ。お前のやったことを、何もかも暴いてやる!」 銀之助は息巻いた。 「構いませんよ。でも、証拠はありますか?」 遥は冷静だった。 「立証は無理でも、弁護士人生に傷をつけることはできる。うちの顧問弁護士もクビだな」 銀之助が脅すように言う。 「あなたさえ追い出すことができれば、契約を切られようが、ズィルバーンがどうなろうが、知ったことではありません。弁護士が難しくなるなら、他の道を探すだけです」 遥は全く動じなかった。 「そこまで俺を辞めさせることに執着してたか。望みが叶って、万々歳だな」 皮肉たっぷりに言う銀之助に、遥は言い放った。 「まだです。株主総会で正式に解任が決まらないことには、安心できません」 「……俺を助ける気はさらさらないということか」 「父への謝罪なり懺悔なりが聞ければ、考えてもよかったのですが。まあ、今更、言葉だけ取り繕われても逆に困りますけどね」 銀之助は遥を睨みつけた。 「確かに白崎の娘だ。癇に障る言い方がそっくりだな」 「そうですか。そちらはお子さんがあなたに似なくてよかったですね。もっとも家庭ではよき父、よき夫として、それなりに敬意を払われているようですが。意外でしたよ。父を陥れた人が、円満な家庭を築いているなんて」 「……ここにいても、時間の無駄だな」 銀之助は立ち上がった。 「せいぜい、総会まであがいてください。もしかしたら、味方になってくれる人が現れるかもしれませんよ。確率は五パーセントくらいでしょうが」 銀之助は遥を一瞥して出ていった。
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