銀之助は友人の白崎将史とともに有限会社ズィルバーンを作った。ところが株式会社に移行する際、経営方針の違いで対立するようになった。銀之助は幹部を味方に付けて白崎を追放し、自分が代表取締役社長になったのだ。 「自分がしたことを棚に上げて、被害者面ですか。虫が良すぎますよ」 遥がシニカルに言う。 「……認知もしなかった父親を慕うとは、森宮先生はおかしな人ですね」 戸惑いながらも銀之助は遥に揺さぶりをかけようとした。 「認知しないからといって愛情がないとは限りません。いろいろややこしい事情がありまして。保科社長にも責任はあるんですけど」 遥はあっさり言い返した。 「責任転嫁も甚だしい。俺は白崎のプライベートまでは干渉してない」 「人生に大きく影響を与えたのは事実です。そのせいで母や私の人生も変わってしまった」 遥はうつむき、上目づかいに銀之助を見た。 「父と母は結婚を前提に付き合っていました。でも、碧斗さんのように、父に良家との縁談が持ち上がった。母は父の幸せを第一に考えて、自ら父の前から姿を消したんです。その時母のお腹にいたのが私です」 遥が少し顔を上げた。 「父と母が再会したのは、私が七歳の時です。ズィルバーンを追い出されたせいで、結局父の結婚は破談になった。父は未婚のままでした。母が父を愛していたように、父も母を愛してずっと探していたんです。私のことも喜んで、かわいがってくれて……。事業の失敗で抱えた借金を整理したら、籍を入れて本当の家族になろうと約束してました」 遥の瞳が潤んできた。 「でも、返済がうまくいかなくて……。最後の最後に、恥もプライドも捨てて頭を下げたのが保科社長、あなたでした。なのに、あなたは……」 遥の目から涙がこぼれた。 「どうして無下に追い払ったんですか? 友人だと思っていたのに裏切られ、その裏切った相手に跪かなくてはならなかった父の気持ち、わかりますか? 父が……どんな思いで……」 遥はハンカチを取り出し、眼鏡を外した。涙を拭う。 「――父は自殺しました。母もショックで体を壊して、だんだん容体が悪化して……。家族三人で幸せに暮らすはずだったのに。あなたが夢を壊した! 希望を奪った!」 涙で頬を濡らしたまま、遥は銀之助を睨みつけた。 「……俺を恨むのは筋違いだ。そもそも、借金を抱えた白崎が悪い。父親の甲斐性がなかった事実を無視して、人のせいにしないでほしい」 銀之助は心外だという口調で話した。 「父は追い詰められていました。せめてあなたが謝罪や労りの言葉をかけてくれていたら、死ぬようなことはなかった!」 遥は反論する。 「言葉をかけたところで借金は減らん。結果は同じだったろう」 「違う! お金のためだけに死んだんじゃない! ……誰を信じたらいいのか、わからなかったから……。頼る人がもういなかったから……。母と私に迷惑がかかることを恐れて……死を選んだんです……」 遥は声を詰まらせた。 「白崎はバカだ。仕事の借金を家族が負うことはない」 銀之助はそう切り捨てる。 「……その通りです。父は法律を知らなすぎた。でも、笑えますか? 私も今なら父に言ってあげることができる。だけど、あの時は……。父は追い詰められるだけ追い詰められ、精神的にも余裕がなくて……。最後に父を追い詰めたのはあなたです」 遥はもう一度、銀之助に冷たいまなざしを向けた。 「俺にも自分の家族と会社がある。金の用立てを断ったからといって、責めるな」 銀之助はすげなく言った。 「とうにあなたは友人ではなかったんですね……。ひとかけらでも信じようとしていた父が哀れです。――私は父を追い詰めたあなたが憎かった。家族の夢を奪ったあなたをずっと恨んでました」 遥はじっと銀之助をみつめた。
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