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作品名:シロツメクサで冠を 作者:光石七

第31回   (七)顧問弁護士の素性と目的A

 銀之助は森宮総合法律事務所を訪ねた。昼間、遥に電話をかけたが出なかった。事務所に問い合わせると、公判中とのことだった。戻ってくる時刻を聞いて、直接会うことにしたのだ。事務の暁子が銀之助を応接室に通した。出されたお茶を飲みながら、遥の帰りを待った。
「珍しいですね。保科社長がこちらに来られるなんて」
 裁判所から戻った遥は、いつものようににこやかに応対した。
「個人的なご相談ですか? 会社のことなら、いつもズィルバーンでお話ししますよね?」
「それが、社で予想外のことが起きまして……。先生のお知恵をお借りしたくて来ました」
 銀之助は切羽詰まっていた。
「どうされたんですか?」
「代表取締役を解職されました」
 銀之助の表情は苦渋に満ちていた。
「先日、取締役会で決議されまして……。寝耳に水でした。何も聞いてなかったので」
「根回しされてたんですね。あらかじめ議案を通達する義務もありませんし」
 遥が同情するように頷いた。
「しかし、普通は変な動きがあれば気付くはずなんです。秘書の鷹野にも目を配るよう命じてますし。まさか、全員一致で可決されるとは……」
 銀之助は肩を落とした。鷹野まで小田切たちに付いたことが悔しい。
「まだ解職されただけですよね? 代表取締役から取締役になっただけ。株主総会で挽回できるチャンスがあるのでは?」
 遥が尋ねる。
「私もそう思って、その場は大人しく従ったんです。ところが、総会の出席予定者にコンタクトを取ろうとしたら、とんでもないことが起こってたんです」
「……いつのまにか株の保有率が変わっていたんですか?」
「そうなんです。当てにしていた大株主より、専務や常務らと親しい株主の力のほうが大きくなっていたんです」
 銀之助は頭を抱えた。
「ズィルバーンは株式譲渡の制限を設けていませんから、法的につつくようなことはできませんが……」
 遥が言う。
「総会では、株の保有数がそのまま票数になりますからね。新たに株を発行しようにも、取締役会や株主総会の承認が必要ですよねえ……。保科社長の味方を増やす方法は……」
「先生、何かありませんか? 社内規約を持ってきました。どこかに穴がないか、調べてもらえませんか?」
 銀之助は遥に定款を渡した。遥はそれに目を通し始めた。一通り読んで、遥は定款を机の上に置いた。
「……申し訳ありませんが、特に問題は見当たりません。向こうもちゃんと会社法にのっとった手続きを踏んでますし、難しいですね」
「このままでは総会で解任されます! 私が立ち上げた会社なのに、自分の会社から追い出されるとは!」
 遥は銀之助を静かにみつめた。
「それは間違った認識ですよ。株式会社は株主のもので、社長の所有物ではありません。経営を任されているだけです」
「所有と経営の分離くらい、わかってます! でもズィルバーンをここまで大きくしたのは私だ! 創業からずっと苦労してきた。それなのに……」
 銀之助は拳を握りしめた。体が震えている。遥がかすかに笑った。
「身勝手なものですね。……今なら、彼の気持ちがわかるのではないですか?」
「彼……?」
 訝しがる銀之助に、遥は淡々と言葉を続けた。
「『ズィルバーン』という社名は、本来は二人の創業者の名前から付けてたんですよね? 『銀』だけでなく、『しろがね』、『白銀』の意味で。あなたが二十九年前に追い出したから、社長の名前から取ったというのが通説になってますけど」
 銀之助の目が泳いだ。やがておそるおそる遥と目を合わせる。
「……白崎の身内か」
「娘です。認知されていなかったので、調べてもわからなかったと思いますけど」
 遥の表情は冷たかった。


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