『カラオケ壱番館』に紫音は一人取り残された。友達四人で来たのだが、言い出しっぺのはずの千鶴はピアノをサボったのがバレて親に呼び戻され、華穂は最近門限がうるさいからと六時に帰ってしまった。紫音と美波二人で歌っていたのだが、美波は彼氏から電話が入り、急遽デートへ。一人カラオケというものもあるらしいが、紫音は一人で曲を入れて歌うことを虚しく感じ、帰ることにした。 さすがに外が暗い。こんな時間に一人で帰るなんて紫音には初めてのことだった。街灯はあるが、薄暗い公園の近くを通らなくては帰れないのが不安だった。もともと暗闇もお化けの類も苦手な紫音だ。ドキドキしながら足を進めた。 問題の公園が近づいてくる。人の話し声がする。どうやら少年たちがたむろしているらしい。紫音は足早に通り過ぎようとした。ところが、少年の一人が紫音に声をかけた。 「ちょっと待ってよ」 紫音の足が止まった。本当は早く帰りたいのに、体がこわばってしまう。 「ねえ、高校生?」 「送ってくれる彼氏とかいないの?」 「いたら一人で歩いてないよなあ?」 少年たちが近寄り、口々に紫音に問いかける。 「結構かわいいのに、もったいない」 一人が紫音の肩を掴んで街灯の光で顔を確認した。少年たちはにやにやしている。 「俺たちが相手しようか?」 紫音は声を出せなかった。ただ恐怖で震えている。少年たちは紫音を公園の茂みの陰へ引きずり込んだ。 「一応暴れないよう押さえておこうぜ」 紫音は手足の動きを封じ込まれた。口を塞がれる。シャツに手が掛かり、スカートがめくり上げられようとした。その時、 「君たち、何してるんですか?」 アルトの声が聞こえてきた。 「一人の女の子に寄ってたかって、なんて、男として情けないですね」 声の主が近づいてきた。眼鏡をかけたパンツスーツ姿の女性だ。 「お姉さんも相手してほしいわけ?」 少年たちが鼻で笑う。 「君たちみたいな青臭いガキは趣味じゃないので」 女性はあっさりと言い放った。 「その子を放してあげなさい。嫌がってるし、犯罪ですよ?」 「未成年だから、大きな罪にはならねえよ」 少年の一人が女性の腕を掴もうとした。女性は素早く身をかわし、逆に少年の手首をねじって体を押さえ込んだ。 「合気道をやってたので。素人相手に技をかけたくないんですが」 少年たちは次々と女性に飛びかかったが、みんな攻撃を逆手に取られた。痛む箇所を押さえて佇んだり、うずくまったりしている。 「未成年だからって甘えないように。少年院がどれだけ辛いか知ってますか? 少年法の改正も検討されているし、大人と同じ厳罰になる可能性もあるんですよ?」 女性は涼しい顔で言った。 「説教してんじゃねえよ、ババア!」 腹立ち紛れにリーダーらしい少年が叫んだ。 「すみませんね、法律の専門家なので。それともまだ痛い思いをしたいですか?」 女性の言葉に少年たちは唇を噛み、何も言わずに走り去った。女性は紫音に近づき、手を伸ばした。 「怖かったでしょう。もう大丈夫ですよ」 紫音の服を整え抱きしめてくれた。緊張が解けたのか、紫音は溢れる涙を堪えきれなかった。女性の胸で紫音は嗚咽した。女性は紫音の背中を優しくさすった。
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