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作品名:シロツメクサで冠を 作者:光石七

第29回   (六)裏腹な者たちD

 二人の男が会食の機会を持った。
「どうも『なの銀』に睨まれたようですな」
「小田切専務もそう思われますか。やはりジュニアの婚約破棄はまずかったですね」
「柄橋常務だけでなく、みんなそう思ってますよ。加えて次男坊の麻薬騒ぎ。結局、ビジネスと私事は別というのは建前。トップの息子が警察沙汰など、社のイメージダウンもいいところだ」
「ネットでも一部過激な噂が立っているようですね。掲示板の取り締まりはなかなか難しいようで……。トップを代えろという警告が来るのも無理はない」
 柄橋の言葉を聞いて、小田切が怪訝そうな顔をした。
「警告?」
「手紙が来たんですよ。ズィルバーンに関するネットの噂のコピーをわざわざ添えて。同窓会の案内だと思って封を開けたら、そんな内容だったんです」
「柄橋常務もですか。私も同じです。そのことを相談するつもりで呼んだのですが」
 二人は顔を見合わせた。
「一体誰が……」
「わからない。だが……これはある意味チャンスだ。柄橋常務、ズィルバーンを救うために手を組みませんか?」
 小田切が柄橋に切り出した。
「……悪くありませんね。社長のワンマンぶりは目に余る。今までは結果が良かったから何も言えませんでしたが」
「ははっ、常務も言いますね。では、我々は同志ということだ」
「しかし二人だけでは……」
「大丈夫。頼もしい助っ人がいます」
 そう言うと、小田切は電話をかけた。二言、三言だけ交わしてすぐに切った。
「すぐ来るそうです。まあ、食べましょう」
 飲み食いをしていると、ふすまが開いた。
「鷹野……?」
 柄橋は驚いた。
「てっきり保科社長の忠犬だと思っていたら、自分から私に寄ってきた。社長のスパイというわけでもないらしい。警告をどうするか迷っていたし、手を借りることにした」
 小田切がにやりと笑う。
「沈むとわかっている船に大人しく乗っているほど、私も馬鹿ではありませんので」
 鷹野の瞳と口調には冷たい野望が感じられる。
「確かに頼もしい味方だ」
 柄橋は頷いた。
「さて、策を練るとしますか」
 小田切の言葉を合図に、会食は密談の場に変わった。


 みどりが須藤とホテルで過ごしたのは、あの日だけだった。毎日が窒息しそうで、誰かにすがりたかった。そして須藤も似たようなものを抱えていた。癒されたい、癒してあげたい。そんな思いがみどりをいつもと違う行動に駆り立てたのだろうか。
「今日だけの、二人の秘密です」
 須藤はそう言った。その言葉通り、その後は水彩画教室で顔を合わせるだけで何も言ってこない。みどりもそれでいいのだと思った。いけないことだとわかっているが、あの時は必要だったのだ。夫や家族には申し訳ないが、妻として母としてもう一度進む力をもらった気がした。もちろん後ろめたさはある。みどりは二度と夫を裏切らないと固く決意した。しかし、この秘密は墓まで持って行く。
 紅葉が部屋から出てきて笑顔を見せるようになり、家の空気も和らいできた。みどりは少しずつ以前の自分に戻っていくのを感じた。
 そんな中、一山展の受賞者が発表された。新聞にみどりの名前はなかったが、通知も来なかったし、妥当な結果だと納得した。特別賞に須藤の名前をみつけ、みどりは静かに喜んだ。そういえば、須藤の絵は見ていない。受賞作品の展示は来月だ。みどりは観に行こうと決めた。


 五十嵐昇の殺人容疑で起訴されていた佐々稲静香に無罪判決が出た。不起訴でもおかしくなかったのだが、故意ではないことを実証するのが難しく、裁判で争うことになったのだ。五十嵐の遺族は控訴してほしいと訴えている。ニュースを見ていた遥は、時間の無駄だと思った。
(佐々稲さんには気の毒なことしちゃったな)
 本当は五十嵐の不正を暴き恋人の仇を取った悲劇のヒロインとして、世間の同情のみを集めるはずだった。匿名の手紙で焚き付けた身としては、心苦しい。全てが計画通りとはいかないだろうと思ってはいたが、五十嵐の死は予想外だった。
(もうすぐ全ての結果が出る)
 遥が蒔いた種は、収穫の時を迎えようとしていた。
 百瀬とは会っていないし、連絡もない。紫音と話した後、どの程度調べられたのか。次に会う時は、おそらく自分を責めるだろう。絶交だと言われるかもしれない。気を張ることが多い遥には百瀬と過ごす楽しい時間は貴重なものだった。百瀬の冗談や笑顔に救われていた。未練がないと言えば嘘になる。しかし、もう戻ることはできない。
 遥はカーペンターズのCDをかけた。『青春の輝き(I Need to Be in Love)』が流れ出す。
「The hardest thing I've ever done Is keep believing……」
 遥は目を閉じてじっと聴き入っていた。


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