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作品名:シロツメクサで冠を 作者:光石七

第27回   (六)裏腹な者たちB

 銀之助は初めて碧斗と美咲の元を訪ねた。紅葉を鍛えて後継者にすることも考えていたが、逮捕歴が付いてしまった。前科者にこそならずに済んだが、あの様子では立ち直るのは容易ではない。会社の中にも紅葉を快く思わない者がいるだろう。自分が立ち上げた会社だ。できれば血の繋がったわが子に継がせたいと願うのは、不自然なことではない。連れ子や美咲の親族のことにはこの際目を瞑って彼女を嫁と認め、碧斗にズィルバーンに戻ってきてもらう。そのために銀之助は自分が折れることにしたのだった。
 ところが、碧斗の反応は意外なものだった。
「今の仕事にやりがいを感じています。親の七光り抜きで、自分の力だけで結果を出すのがすごく面白いんです。確かに苦労もありますけど、やり遂げた時のあの達成感はズィルバーンでは味わったことがありません。美咲さんと美月ちゃんを認めてくれて、ありがとうございます。でも、僕は今の生活で満足です。もちろんずっとアパート住まいのつもりはありませんが、自分の稼ぎで生活を豊かにしていきたい。自分たちの家は自分たちの力で建てたいんです」
 美咲も頷く。美月は碧斗の膝の上に大人しく座っていた。
「だが、美月ちゃんが学校に行くようになればまた金がかかるだろう? 良い教育を受けさせてやりたいじゃないか。お前の子供も生まれるかもしれんし」
 銀之助は碧斗が帰ってくるメリットを探した。
「本当に困ったら援助をお願いします。でも、できる限り自分の力で家族を守りたい。――紅葉のことは母さんから聞いてます。それもあって、僕に戻ってきてほしいのでしょう? 僕も心配だけど、紅葉もそろそろ自分で乗り越えることを覚えなければ。もちろん家にも顔は出すし、兄として言葉はかけますよ。けれども、僕は今のところあの家に家族と住むつもりはありません。ズィルバーンで働くこともお断りさせてください」
 不機嫌を表情に出さないよう我慢している銀之助に、美咲が話しかけた。
「私のような者を認めてくださり、ありがとうございます。必ず碧斗君を支えます。――これまで碧斗君はお義父さんのために頑張ってきました。今、碧斗君は初めて自分の望む道を歩んでるんです。お願いです、碧斗君のわがままを許してあげてください。私からお願いするのはおかしいとわかっていますが、碧斗君の人生を応援してあげてください」
 頭を下げた美咲に怒鳴りつけたいのを、銀之助は必死に堪えた。


 銀之助は苛立っていた。家族のために懸命に働いてきたというのに、期待していた跡取りの長男は肝心なところで自分に逆らい、次男は麻薬で警察の世話になる始末だ。なのはな銀行を始め、取引先の態度も微妙に以前とは変わってきている。あからさまに取引を止めたりはしないが、自分を見る目がどこかよそよそしく感じる。やるせない鬱憤をみどりにぶつけてしまい、自己嫌悪でまたイライラする。
 みどりは水彩画に没頭した。碧斗が家を出て以来、銀之助との仲はどこかぎくしゃくしている。不起訴になったものの、紅葉の逮捕とそれに伴う周りの態度の変化も大きなショックだった。紅葉はほとんど部屋から出てこないし、銀之助は不機嫌なので、家にいても神経が休まらない。できるだけ外に出ていたかった。特に絵を描いている間は余計なことを考えずに済む。
 しょっちゅう外出していた紅葉は家にこもるようになり、紫音も美波たちのような親友が支えになっているものの周囲の冷たい視線に傷ついていた。
 保科家で唯一変わらないのは、家政婦の智佐子だけだった。


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