「少しは元気出た?」 「はい、ごちそう様でした」 紫音は微笑んだ。 「まず自分が元気じゃないと、何もできないからね。なんか気合いが入らないなあって時は、こうやって美味しいもの食べたり、楽しい映画観たり、気分転換して元気を補充するの。そして笑顔を作る。前にも言ったよね? 笑顔にはハッピーが寄ってくるって。今、紫音ちゃんも笑ってるから、ハッピーなことがあるかもよ? ここを出てすぐに運命の王子様に出会うとか」 遥がいたずらっぽく笑った。紫音が少し赤くなって言い返す。 「先生こそ、王子様とうまくいってるんですか?」 「え? 誰のこと?」 「とぼけないでください。すごく面白い彼氏さんですね」 紫音に言われて、遥は面食らった。 「特にお付き合いしてる人はいないけど……」 「私、彼氏だっていう人に会いましたよ? 私に、先生と仲がいいみたいだけど俺のだから盗るなって、真面目な顔で……」 遥はピンときた。 「もしかして……。百瀬って名前の人?」 「はい」 遥はがっくりうなだれた。 「純粋な女子高生に、何ふざけたこと吹き込んでんだか……。ただの大学の先輩だから。同じサークルにいただけの、お友達だから」 「でも、本当に先生のこと好きみたいでしたよ? イケメンではないけど、楽しくて優しそうで、先生とお似合いだと思います」 紫音の言葉に悪意はない。遥は苦笑した。 「冗談ばかり言う人なの。真に受けないで。――他にも何か言ってた?」 「先生とどういう関係かって聞かれました。たとえ女でも深い仲なら許さないって。あんまりおかしかったから、お父さんの会社の弁護士さんで、私も助けてもらったことがあるって話しました」 遥の心に一抹の不安がよぎった。だが、表情には出さない。 「……困った人だねー。本当にごめんね。今度一発殴っとくから」 「私は別に……。急に声をかけられてちょっと驚いたけど、友達も一緒だったし、悪い人には見えなかったから」 紫音はにこにこしている。 「あの人の言うことを全部信じちゃダメだよ。半分は冗談だから」 「でも、いい人ですよ? 先生、お付き合い真剣に考えてみたらどうですか?」 「あはは、紫音ちゃんにアドバイスされちゃった。でも異性としてはタイプじゃないんだよねえ……」 事務の暁子が内線をかけてきた。クライアントからの電話だ。 「私、もう帰ります。ありがとうございました」 紫音が荷物を持って立ち上がった。 「気を付けて。またいつでも来てね」 遥は紫音に声をかけて、電話に出た。
マンションの自室で遥は一人考える。百瀬が何か感づいて紫音に接触した。 (巻き込みたくなかったのに……) 遥にとって百瀬は数少ない親しい友人だった。興信所や他の便利屋に頼むことも考えたが、弁護士という肩書きが逆に邪魔だった。百瀬なら深く追求されずに仕事をしてもらえると踏んだのだが……。 (真実を全て知ったら、先輩は私を軽蔑するだろうか?) それでも仕方ない。もう種は蒔き終えるし、収穫を待つのみだ。だが、百瀬と気軽に語り合えなくなるのは寂しかった。 遥はアルバムを引っ張り出した。母子で過ごした日々がよみがえる。一枚の写真に目が止まった。六歳になる一週間前だ。シロツメクサの冠を頭に載せた自分がすまし顔でポーズをとっている。この時のことは覚えている。絵本を読んで、お姫様になりたいと母に言った。 「じゃあ、冠が必要だね」 近くの公園に一緒に行き、咲いていたシロツメクサをたくさん摘んだ。遥は茎に穴を開けてつなげ簡単な首飾りを作ったが、母は束にしたシロツメクサに茎を巻きつけていき花冠を作ってくれた。その手つきがとても鮮やかで、遥は見入ってしまった。 「はい、これで遥もお姫様だよ」 母が冠を頭に載せてくれた。お姫様になった証拠に、と写真も撮ってくれた。うれしかったが、お姫様は大きな口を開けてはいけないと思い、おすまししたのだ。 (お母さん、お姫様になれた?) 天国の母に語りかける。この世では花嫁衣装を着ることがなかった母。向こうの世界では愛する人と幸せでいてほしい。 遥はアルバムを閉じ、窓の外に目を向けた。
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