(六)裏腹な者たち
秘書の鷹野に案内されて、遥はズィルバーンの社長室に向かっていた。 「鷹野さん、保科社長は会社ではどうですか? お子さんたちのことで、ショックもあると思うのですが」 遥は小声で鷹野に尋ねた。 「仕事に私情を挟む人ではありません。事業拡張の相談に森宮先生を呼ばれるくらいですから、大丈夫ではないでしょうか」 鷹野が事務的な口調で答えた。 「逆に仕事に打ち込んで気を紛らわせているのかもしれませんね……。取引先との関係も変わりはありませんか? カスタマーセンターに苦情が来たりしてませんか?」 遥はさらに尋ねた。 「……先生が心配なさることではありません」 やはり事務的な答えだったが、鷹野の表情が一瞬変わりかけたのを遥は見逃さなかった。 「余計なことをお聞きしてすみません。先日社長のお嬢さんから少しお話を伺ったものですから、心配になりまして。ご近所や同級生から白い目で見られることがある、と。ネットでもあの事件の噂がかなり……。どこから流れた情報なのか、ドラッグパーティーにズィルバーンの社長の息子もいたという書き込みもあったんですよ。企業イメージって、ちょっとしたことで悪くなりますから」 平静を装う鷹野に、遥は揺さぶりをかける。 「企業の好感度を上げるのは大変なのに、下がるのはあっという間ですよね」 一般論の中に、鷹野への楔を忍ばせる。鷹野は三十代半ばだ。今までは絶対的なトップとして銀之助に従ってきたが、碧斗の婚約破棄と辞職、紅葉の逮捕で、このままついていってもいいのかという不安が少なからず生まれているはずだ。 「でも、鷹野さんのようなしっかりした秘書がいてくださるから、保科社長も心強いのかもしれませんね」 ――男ならいざ奮い立て。挑発を心に秘めながら、遥は静かに微笑んだ。
紫音が先日遥の事務所を訪ねてきたのは事実だ。 「世間の目を取り締まる法律がないのが悔しいよね」 紫音から周囲の反応を聞き、遥はそう答えた。 「だけど、気にしすぎないで。誰だって間違いを犯す可能性がある。みんな本当は他人事じゃないんだよ。紅葉さんも反省してるんだし、その分いいことをするんだって堂々としてたらいいよ」 遥は紫音を励ました。 「……でも、紅葉お兄さん、部屋に閉じこもってゲームばっかり……」 紫音がうつむいた。 「紅葉さんが一番辛いと思うよ。いつもと変わらない態度で接してあげて。――紅葉さんの体調はどう? 吐いたり、何か変なものが見えると騒いだりしてない?」 遥は尋ねた。 「体は大丈夫みたい。食事もちゃんと食べてるし」 「後遺症の心配はなさそうだね。その点はよかった。薬物は一回使っただけでも、一生引きずる症状が残る場合もあるから」 紫音は頷いたが、元気がない。 「……紫音ちゃん。いろいろ大変なのはわかるよ。周りの目もあるし、家も微妙な空気で居づらいんでしょ? でも、逃げてばかりもいられないからね。ちょっと元気を補充して、笑って前に進もうか?」 遥はそう言うと席を立ち、少しの間部屋を出た。そしてケーキと紅茶を二つずつ盆に載せて戻ってきた。 「お客さんから頂いた『ヴァルヌー』のケーキ、一緒に食べよ? 本当は別所さんの分だけど、彼女はダイエット中だから。遠慮しなくていいよ」 遥はテーブルにケーキと紅茶を置いた。 「いただきまーす」 遥がケーキを食べ始める。つられて紫音も一口頬張った。 「……美味しい」 「でしょ? 甘すぎなくて上品な味だよね。特にここのレアチーズケーキ、私が今まで食べたスイーツで断トツ一位。紫音ちゃんはどこの店がお気に入り?」 「えっと……」 スイーツ談義をしているうちに、二人とも食べ終わってしまった。
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