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作品名:シロツメクサで冠を 作者:光石七

第24回   (五)馬鹿につける薬C

 百瀬は便利屋ミリオンの仕事で、大通り沿いの喫茶店にいた。「一人でお茶するのは寂しいから相手をしてほしい」という老婦人の依頼だ。この老婦人の依頼は初めてではない。気に入られたのか、他に適当な者がいないのかはわからないが、今日で五度目の依頼だ。話を聞きながら、一緒にお茶を飲む。なるべく誠実に、をモットーにしている百瀬だが、同じ話を繰り返されるのは少々辛い。相槌を打つタイミングまでもう飲み込んでいるので、聞いているふりをしながらそっと窓の外を見た。
(あ、森宮だ)
 遥が四十代くらいの婦人と中高生らしい女の子と一緒に道の向こう側を歩いていた。
(デートって感じじゃないし、向こうも仕事だな)
 弁護士も忙しそうだなと思いながら見ていたが、ふと女の子の顔が目に入った。
(あれ? ……保科紫音?)
 よく行く場所や交友関係を調べるよう、遥から頼まれた女子高生だ。よく見ると婦人も見覚えがあり、紫音の母親だと気付く。三人は角を曲がって、百瀬の位置からは見えなくなってしまった。
(ん? 警察に行くのか?)
 あの道を通るとすれば、警察署に用がある人間だけだ。やはり遥の仕事絡みだと推測できる。しかし、百瀬は何かが引っかかった。
(どうして森宮は保科紫音のことを俺に調べさせたんだ?)
 遥が仕事で一緒にいるということは、クライアントかその身内ということだ。弁護士がクライアントの周辺をこっそり嗅ぎ回るなんてことがあるだろうか? 信頼関係が第一だと遥が前に話していた。クライアントが弁護士に隠し事をしても不利になるだけだ。遥が何かほしい情報があるとしても、弁護士という肩書きを使えばいくらでも手に入れることができるはずだ。何もこっそり自分に頼む必要はない。
(森宮……。何を隠してる?)
 百瀬の心に遥に対する疑念が生まれた。
「百瀬さん、聞いてます?」
 老婦人に聞かれて、百瀬は我に返った。


 紅葉は二百万円の保釈金を払って釈放された。クラブ『BROKEN』では初めてパーティーに来た客に必ず薬を混ぜたカクテルを出すことや、茂盛が『E』の正体を偽っていたことなどが明らかになり、処分も不起訴となった。だが、大学からは無期停学を告げられた。事実上の退学だ。後輩の伊田は三か月の停学で済んだが、紅葉に関しては日頃の学習態度もマイナス評価の対象になったようだ。
 組織的な犯罪としてクラブのオーナーや売人たちは皆起訴された。インターネットの掲示板では、事件に関する様々な噂が飛び交っている。


 登校した紫音を見て、あるグループの生徒が何人かでこそこそ話し出す。
「知ってる? 紫音のお兄さん、麻薬やって捕まったんだって」
「えー、あのカッコいいお兄さんでしょ?」
「見てくれはいいけど、すっごくいい加減な人らしいよ。前も何かで警察のお世話になったんだって」
「ウソー、付き合わなくてよかったー」
「もしかして、紫音も……」
「そんな度胸ないでしょ」
「でも、見かけによらないかもよ? 案外……」
 美波が彼女たちを睨み、大きな声を出した。
「ちょっと! 言いたいことがあるなら堂々と言いなさいよ」
「別に……」
 少女たちは含み笑いをする。
「ちょっと前は写真見てキャーキャー言ってたくせに。性格ワルいと彼氏できないよ?」
 美波の言葉にムッとしたのか、少女たちは離れていってしまった。
「紫音、大丈夫?」
 美波が紫音を気遣った。
「うん。ありがと、美波」
 紫音は意外に平気そうだった。
「紫音もちょっとは言い返しなよ。紅葉さん、巻き込まれただけなんでしょ?」
「でも、本当のことだから……」
 紫音が少し悲しげにはにかむ。噂好きの近所の人たちが、保科邸を見ながらひそひそ話をしていることも気付いている。
「紫音まで落ち込むことないよ。私は紫音の味方だからね!」
 美波が紫音の肩をがっしり掴んだ。
「美波……。ありがとう」
 紫音は心からの感謝を伝えた。友達の存在が心強かった。


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