茂盛が連れて行ってくれたのは『BROKEN』という地下にあるクラブだった。確かに若い男女が集まっている。かわいい子も多い。クラブには何度か行ったことがある紅葉だが、なんだかここは違和感があるように思った。キスをしたり体を密着させているカップルがいるのは珍しくないが、色恋だけではない何かを感じるのだ。それが何かはよくわからない。どことなく引っかかりつつも、紅葉は出会いへの期待感のほうが勝っていた。 茂盛は二人をカウンターに案内した。 「ちょっと飲みながら待ってて。一杯目はタダだから。――こいつら初めてだから、スペシャルな」 バーテンダーにドリンクを注文し、茂盛は紅葉と伊田を残して奥へと消えた。出されたドリンクを飲んでいると、一人の女の子が紅葉たちに声をかけてきた。 「ねえ、持ってる? 持ってたら分けて」 なかなかグラマーな子だ。紅葉の目じりが下がった。伊田も頬が緩んでいる。 「持ってるって、何を?」 「持ってないなら用はないわ」 紅葉は自然に尋ねたつもりだったが、女の子は背を向けてさっさと行ってしまった。あまりに唐突のことで、紅葉たちは呆然としてしまった。 「……今の子、女優の藤ヶ谷きよらに似てなかった?」 紅葉が伊田に言った。 「俺もそう思いました。結構レベル高いっスね」 「うわー、惜しいことしたかも」 茂盛が戻ってきた。 「逆ナンされかけたけど、逃げられちゃった。持ってるかって聞かれたんだけど、何のことかわかんなくて」 先ほどのことを伝えると、茂盛はにやっと笑った。 「それはこれのこと」 ポケットからピンクの錠剤が詰まったビニールを取り出した。 「ここに来てる奴らはみんなこれが目当て。これをちらつかせればどんな女もゲットできる。さらに自分も飲めば、普通に抱くより何十倍も気持ちいいんだぜ」 「えっ? 徹、それって……覚せい剤?」 伊田が不安を口にする。 「違う違う。覚せい剤は白いだろ? これは愛のお薬。強いて言えばラブ・ドラッグかな。俺たちは『E』って呼んでるけど」 「でも……ヤバくね?」 伊田はまだ心細げだった。 「強精剤とか媚薬みたいなもんだよ。そうヤバいもんじゃねえって。みんな普通に使ってるし。一錠四千円。数を持ってればハーレムも夢じゃねえぞ」 「つまり、四千円で女の子を一人確実にモノにできるってことか」 紅葉は乗り気だった。さっきの女の子が気になっていたのだ。 「そういうこと。一人でもいいけど、ちょっともったいないかもな。せっかくだから何人か相手を変えたら? 複数プレイももちろんOK」 紅葉は生唾を飲んだ。 「俺、買う。とりあえず『E』四錠くれ」 「どうも」 紅葉は茂盛に金を払った。空気に飲まれたのか、伊田も二錠買った。『E』を手に、さっそくあの女の子を探す。他の男と話しているのをみつけ、紅葉は彼女に近づこうとした。その時―― 「警察だ! 全員動くな!」 警官たちが店に乱入してきた。店内は大騒ぎになる。逃げ出そうにも、出入り口は一つだ。紅葉も他の客たちと一緒に捕まってしまった。
茂盛が紅葉たちに売った『E』は、合成麻薬だった。警察はクラブ『BROKEN』をドラッグパーティーの拠点として前々から目を付けており、関係者を一斉検挙する機会をうかがっていた。パーティーが行われるという日時の情報を入手し、協力者を紛れ込ませた。警察は協力者の合図で『E』の売買、使用が行われている現場に踏み込んだのだった。紅葉はその場に居合わせたのだ。 『E』を購入して所持していたため、紅葉も警察に捕まったというわけだった。
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