(五)馬鹿につける薬
紅葉はR大の学食で遅めの昼食をとっていた。 (兄さんもやることはやってたってことだよな。女のために何もかも捨てる神経はわからないけど) 碧斗が家を出て以来、保科家の空気が変わったと紅葉も感じていた。 (ん? ……ってことは、俺が次の社長とか? いや、父さんはそこまで俺に期待してないか) 銀之助が碧斗に社長の座を譲りたがっていたことは知っている。血の繋がりもあるが、碧斗はそれに見合う実力を備えていた。 (兄さんが本当に父さんと縁を切ったとしたら、俺の相続分って増えるのか? 一度森宮センセに聞きに行こうかな) 女子学生のグループが席に着くのが目に入った。一人がミスR大であることに気付き、ニヤニヤしながら眺める。食事が終わっても、紅葉は女子のグループをみつめていた。 「保科さん、何ニヤついてるんスか」 同じ学部の後輩、伊田貢が紅葉に声をかけてきた。 「やっぱ美人は目の保養だよな」 伊田は紅葉の視線の方向に気付いた。 「そういえば、保科さんって今フリーでしたっけ。たまってるんじゃないスか?」 「お、いい子紹介してくれんのか?」 紅葉が期待を込めて伊田に尋ねた。 「俺も探してるとこなのに、無茶言わないでくださいよ。でも、もしかしたら今夜会えるかなーって期待してるんです」 伊田はうれしそうだ。 「合コンでも行くのか?」 「友達にクラブに誘われてるんスよ。かわいい女の子もたくさん来るって。うまくいけば何人かと気持ちいいこともできるって言われたけど、さすがにそれはないかなと。ま、メアドだけでもゲットできれば」 紅葉は羨ましくなった。 「かわいい女の子か。そういうのなら俺も行きたいわ」 「別に構わないんじゃないスか? 会員制の高級なとこじゃないみたいだし。最初は紹介者が連れてくことになってるみたいっスけど」 紅葉の目の輝きが増した。 「お前も友達と行くってことだよな? 俺も一緒に連れてってくれ。それなら問題ないだろ?」 「さすが保科さん。こういうことにはすぐ頭が働くんっスね。ちょっと聞いてみます」 伊田はその場でメールを打った。すぐに返信が来る。 「OKっス。駅の東口に七時半集合で。財布に二万くらいは入れとけってことでした」 「サンキュー。じゃ、後でな」 楽しみがなきゃやってられない。紅葉は夜が待ち遠しかった。
駅の東口で待っていたのは、茂盛徹というやけにテンションの高い男だった。 「保科さん、スゲーいい男だわ。これなら女の子寄ってくるコト間違いなし!」 年下のはずなのに、紅葉の背中をバンバン叩く。 「黙ってれば、だけど……」 伊田の小さな呟きを紅葉は聞き逃さなかった。 「伊田、それどういう意味だ?」 「いえ、保科さんはホントにカッコいいっス。社長の息子だし、女はよりどりみどりで羨ましいなと」 紅葉はさらに追及したかったが、茂盛が口を挟んだ。 「それマジ!? 貢、お前いい人連れて来てくれたわ」 今度は伊田の頭をぐしゃぐしゃにしてしまう。 「今夜のパーティーは盛り上がりそうだ!」 「パーティー?」 茂盛の言葉に紅葉は首をかしげた。伊田も少し不思議そうだ。 「今日は貸切でちょっとしたパーティーやるんだわ。フェスティバル・オブ・ラブ! 愛の祭典! 気に入った子を絶対落とせるアイテムあるから。着いてから教えるけど」 「何だそりゃ?」 少々ぶっ飛んでいるような印象を受けつつ、紅葉は伊田とともに茂盛について歩き出した。
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