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作品名:シロツメクサで冠を 作者:光石七

第20回   (四)優等生の反乱G

「ここは払いますから、それでチャラにしてください。深読みし過ぎる男って嫌われますよ」
 遥はジョッキの追加を頼んだ。自分はカクテルを注文する。
「口止め料ってことか? なんだか割に合わなくね?」
「報酬が不服ですか? 結構上乗せしたつもりですけど」
「いや、金の問題じゃなくて。精神的にモヤモヤ〜ってしたもんがあるわけよ。そこをすっきりさせてほしいんだけど」
 百瀬の言い分はわかる。だが、遥は全てを話すわけにはいかなかった。
「百瀬先輩はどうしたらすっきりするんですか?」
「森宮がちゃんと訳を話してくれるか、あとは……。俺に一晩付き合ってくれるかだな」
「一緒に飲み明かせ、と?」
 遥は明日の仕事が心配になった。
「そういうことじゃなくてさ。ホテルとかお前のマンションとかで、二人っきりで」
 百瀬の要求の意味を悟り、遥はわずかに軽蔑のまなざしを浮かべた。
「誰にでもそんなことを言うから、先輩は彼女ができないんですよ」
「結構本気なんだけど。『洋愛』にいた頃から、森宮のこと気に入ってた」
 百瀬はにっと笑った。『洋愛』とは『洋楽名曲愛好会』の略称で、自分のお勧めの曲をメンバーとともに聴き感想を述べ合うという非常にユルいT大学のサークルだ。遥と百瀬が知り合ったのはこのサークルがきっかけだった。二人とも大のカーペンターズファンで話が合った。卒業後同じ市内で働いていることを知り、遥が百瀬の店を訪ねたのを機に交流を再開した。
「冗談が過ぎます。百瀬先輩は相変わらずですね」
 遥は呆れ顔になった。
「いやいや、マジだって。ずっと森宮のこと食いたいなあって」
「毒入りですよ」
 おどけたように言う百瀬を遥は軽くあしらった。百瀬はお手上げというように肩をすくめた。話題はサークルの仲間たちの消息に移り、いつか同窓会をしようと話し合った。
「みんなジジイやババアになったらさ、洋楽喫茶でも作って集まったら面白いんじゃね?」
 いい感じに酔いが回った百瀬が提案する。遥も楽しそうに同意した。
「いいですね。カーペンターズもどんどんかけましょう」
「河島の奴はビートルズにしろってうるさそうだな」
「どっちもいい曲ばかりじゃないですか。河島さんはちょっと演説が騒がしかったですけど、変わらないですかね?」
「その時はみんなで耳栓すりゃいいさ。昔みたいに」
 当時を思い出して二人で笑い合った。
 百瀬は遥をマンションの前まで送ってくれた。挨拶をしてエントランスに向かおうとした遥を百瀬が呼び止める。
「森宮」
「はい?」
 遥が振り返る。
「あまり何でも一人で抱え込むなよ。俺でよければいつでも聞いてやるからさ」
 百瀬の優しさが遥はうれしかった。
「ありがとうございます。百瀬先輩も便利屋が潰れたらいつでも相談してくださいね」
「潰れてからじゃ遅いだろーが!」
 くすくす笑いながら二人は別れた。


 帰宅した遥はベッドに寝転がり目を閉じた。久しぶりに少し飲みすぎたかもしれない。軽くシャワーを浴びて早めに休もう。そう思いながらも動くのが億劫だ。
(明日は……小山さんっていう人が相談に来るんだっけ。結婚詐欺にあったとかどうとか)
 結婚をほのめかして金をむしり取り、行方をくらます。結婚に焦りを感じている女性は騙されやすい。とにかくお金を取り返したいようだが、とりあえず話を聞いて状況を詳しく把握しないことには始まらない。
(結婚、離婚のトラブルってホント多い……)
 遥の母は未婚で遥を産んだが、弁護士に相談するようなことはなかった。相手の幸せのために自ら身を引き、認知も慰謝料も請求しなかったという。今の遥の立場からすれば、お人よしすぎると言える。
(お人よしといえば、保科家の碧斗さんもか)
 頭取令嬢との婚約を蹴って、影原美咲を選んだ。これがズィルバーンとなのはな銀行との関係、ひいては取引先との関係にどう影響してくるのか。
(ズィルバーンの行く末は……)
 遥は目を開き、眼鏡を外して立ち上がった。


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