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作品名:シロツメクサで冠を 作者:光石七

第14回   (四)優等生の反乱A

 学校の帰りに紫音は遥の事務所に寄った。
「紫音さん、どうしたんですか? また何かトラブルでも?」
 不思議がる遥に、紫音は切り出した。
「忙しいところすみません。あの……森宮先生はどうして弁護士になったんですか? ちょっと聞いてみたくなって。あ、お仕事があるならいいんです、帰りますから」
 あたふたしている紫音に遥は微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。向こうで話しましょうか」
 応接室に移動する。
「学校で進路の話でもあったんですか?」
「……そんなところです」
 顔を赤くしながら紫音は答えた。
「どうしてと言われると……。多分、子供の頃、父親がいないことをからかわれたり、いじめられたりして、その経験がずっと心の奥にあったんでしょうね。自分は弱い人の味方になりたいって思いがいつのまにか芽生えてました。それで弁護士を選んだんです」
「すごい……。勉強、頑張ったんですね。試験がすごく難しいって聞いてます」
 遥はフフッと笑った。
「頑張らざるを得なかったんですよ。母子家庭で、その母も十歳の時に亡くなって、祖父母に育てられて、余計なお金はなかったですから。それでも私の夢のためならって、祖父母が無理してお金を出してくれたんです。浪人するわけにいかないじゃないですか」
「いいおじいさん、おばあさんですね。先生が夢を叶えて、喜んでるんじゃないですか?」
 紫音が言うと、遥は少し寂しげな表情になった。
「二人とももう亡くなりました。この事務所を開くことができたのは、二人の保険金のおかげなんです」
「すみません、変なこと聞いちゃって」
 紫音は慌てて謝った。
「いいんですよ。二人が見てると思うと、いい加減な仕事はできないですね」
 にこやかな遥に、紫音は改めて尊敬の念を抱いた。
「先生はやっぱりすごいです。私も……先生みたいな弁護士になりたい。友達は人見知りで引っ込み思案だから無理だって言うんですけど」
「私も人見知りですよ。でも、困ってるお客さんが自分を頼りに来てくれたんだから、まごまごしてる場合じゃない。法廷で縮こまってしまったら、クライアントを守ることができない。責任感と慣れですかね。相手のために、というのがあればやっていけますよ。紫音さんは思いやりがあるから大丈夫です」
 遥が紫音の目をまっすぐ見た。
「でも、すごく知識がいるでしょう? 森宮先生みたいにポンポンって言葉が出てくるかなあ?」
「法律を全部覚えている人はいないと思いますよ。どの本のどのページに何関係のことが書いてあるっていうくらいで。裁判もじっくり書類を作って時間をかけてやりますから。傍聴してみたらいいと思います。それに、知識も確かに必要だけれど、クライアントとの信頼関係がより重要になります。結局人を動かすのって最後は人の心なんですよね。そこを疎かにしちゃうと、いくら知識があっても活かせないんです」
「人の心……」
「紫音さんはちゃんとわかってる人だと思います。まだ高校一年生です。ゆっくり将来を考えてください。どうしても弁護士になりたいなら、できる範囲でアドバイスしますよ」
 紫音は遥の言葉がうれしかった。本当に自分のために言ってくれているとわかる。どんなことでも真摯に答えてくれるだろう。
「……あの、関係ないかもしれないんですけど……」
「何でもどうぞ」
 おずおずと何かを言おうとする紫音を、遥は優しくみつめる。
「森宮先生は誰にでも敬語なんですか? 私、すごく子供なのに……」
 遥はきょとんとした。だが、すぐに質問の意味を理解したらしく、吹き出してしまった。
「ああ、言われてみればそうですね。どんな人がクライアントでも変わらない態度で、と心がけていたら、自然にこうなってました。ちょっと変ですか?」
「いえ、変じゃないですけど。碧斗お兄さんと同じくらいだし、子供扱いされるのに慣れてたから……」
「そっか、そっか。じゃあ、これからはタメ口のほうがいい?」
 すでに口調が変わっている遥。紫音は急に遥を身近に感じた。
「先生の話やすいほうで。でも、そういう口調のほうがカッコいいかも」
「カッコいい? やったー、紫音ちゃん、ありがと!」
 いきなり遥に抱きつかれ、紫音はドギマギしてしまった。遅ればせながらお茶を出そうとした事務の暁子が、見たことがない遥の様子に目を白黒させていた。


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