(四)優等生の反乱
ズィルバーンでは学校法人の件はとりあえず保留となり、ペットの供養のサービス拡充を図ろうと、霊園や墓地、墓石、墓陵の事業を手掛ける会社と業務提携することになった。契約に際し、顧問弁護士である遥が呼ばれた。長男の碧斗も銀之助の意向で同席した。 「もう完全に家族ですね。自分のお墓の隣に葬ってほしいという人もいるとか」 「そうなんですよ。まだそこまではできませんが、いずれわが社のサービスの一つにしたいと思っています」 遥の言葉に、銀之助は少し得意げな顔になった。 「保科社長のお宅では何も飼ってませんでしたね? ペット産業の先駆けのはずなのに、意外でした」 「私がどうしても仕事を思い出してしまうので。純粋にペットとして接することができない、厄介な職業病ですよ。紫音なんかは犬を欲しがるのですが」 「社長だけですよ。僕は平気です」 三人で笑い合った。秘書の鷹野が来客の旨を伝えたため、銀之助はしばし席を外した。 「もうすぐご結婚ですね。あと二か月ですか。おめでとうございます」 遥が碧斗に祝いの言葉を述べた。 「碧斗さんはいいだんな様になりそうですね。『なのはな銀行』の頭取のお嬢さんがお相手とか。愛しい婚約者のことで頭がいっぱいで、仕事が手に着かないなんてことはないですか?」 わざと少し意地悪っぽく言う。碧斗は頭を掻いた。 「それはないです。手を抜いたら社長の檄が飛びますから。……確かに僕にはもったいない、かわいらしい人ですけど」 「さっそくお惚気ですか。アツアツなんですね」 遥は微笑んだが、碧斗の表情に陰りが見えた。 「どうされたんですか? 彼女とケンカでもしたんですか?」 遥が訝しんだ。 「そういうわけではないんですけど……。彼女と夫婦になるというのが、イマイチ実感が湧かないというか……」 「男性のマリッジブルーですか? 結婚してない私が言うのもアレですけど、本当に相手を大事に思う気持ちがあるならきっと大丈夫ですよ。何もかも知ってるわけではないですが、碧斗さんなら女性を優しく包み込む器があると思います」 碧斗は寂しげに微笑んだ。 「買い被られてるんですね、僕。僕はそんな大した男じゃない。結婚を決めたのも、親に勧められたからで……」 「きっかけはそれでもいいじゃないですか。本当にこの人と生涯添い遂げよう、愛を育んでいこう、そういう覚悟があるなら。昔の結婚なんてほとんどお見合いだし、そんなものだったんじゃないですか? ただ、覚悟が中途半端なら考え直したほうがいいかもしれませんね。どんなに愛し合って結婚した夫婦でも離婚したりしますし。一応弁護士なので相談には乗りますけど、『どんな覚悟で結婚したの?』って言いたくなる方も中にはいますね。そんなだから縁がないのかもしれないですけど、私」 遥が熱弁を振るった。 「覚悟、ですか……。僕にあるんだろうか」 碧斗が自信なさげに呟く。 「人生の一大決心ですし、不安になるのは仕方ないですよ。まだ二か月ありますし、じっくりご自身の気持ちと向き合ってみたらいかがですか? 義務感だけじゃなく、彼女と一緒になりたい、愛し抜きたい、心からそう思える気持ちがあるなら踏み出してみては?」 「……ありがとうございます。もう一度じっくり考えてみます。森宮先生はすごいですね。僕なんかよりずっと大人だし、言葉に重みがあります」 碧斗が遥に礼を言った。 「年配の方の受け売りですよ。自分の経験で言えたらもっと説得力があると思うんですけど。でも、あまり深刻に考えすぎてもダメですよ。プラス思考で悩んでください」 遥は笑顔でアドバイスを付け加えた。そこへ銀之助が戻ってきた。 「すみません、お待たせしてしまって。――では、この契約は問題ないということでよろしいですか?」 「はい。よろしくお願いします」 遥も碧斗も仕事の顔に戻る。だが、碧斗の心にはある女性の顔が浮かんでいた。
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