「碧斗さん!」 仕事を終えた碧斗は、ズィルバーンの本社のロビーで婚約者をみつけた。 「紗雪さん、わざわざこんなところに……」 「早く会いたくて来ちゃいました。迷惑でした?」 紗雪がウルウルした瞳で碧斗をみつめる。 「いえ、ちょっと驚いただけで……」 「よかった。さ、行きましょう」 紗雪は碧斗に腕を絡ませ、歩き出した。 「今日やっとドレスを全部決めたんです。すごく迷ったけど……。一生に一度のことだもの、後悔しないようにしなきゃ」 「紗雪さんなら、どんなドレスでもきれいじゃないかな」 碧斗が微笑む。 「碧斗さんこそ何でも着こなせそう。背が高いから映えるし。私、お付き合いを始めてから、男性の服にも目が行くようになったんです。碧斗さんに着てほしいなって思ったりして。全部買っておいて、着せ替え人形の代わりにしてもいいですか?」 紗雪が茶目っ気たっぷりに言う。碧斗は苦笑した。 「あなたにはかなわないな。僕はおもちゃですか?」 「とんでもない。碧斗さんは私の大切な人です。――あの、今夜は……」 紗雪は表情を変えた。少し恥ずかしそうだ。 「もちろん送りますよ」 碧斗が答える。 「……泊まってもいいんですよ? 結婚は決まってるんだし、両親もうるさく言わないはずです」 紗雪が勇気を振り絞って言った。碧斗は困惑気味に紗雪を見た。 「……式を挙げてからのほうが。一條家の大事なお嬢さんだし、僕も……大切にしたいから」 「今……迷いませんでした? 私との結婚、本当は嫌なんじゃ……」 紗雪の表情が曇る。 「そんなことないですよ。僕にはもったいなくて……。今でも夢のようで……」 言葉が空回りしていることを自覚しつつ、碧斗はそっと紗雪を抱きしめた。
紅葉は珍しくファミリーレストランでレポートを書いていた。留年は確定でも、さすがに一年の時に取っておくべき必修科目を新一年生と一緒に勉強するのは恥ずかしい。担当の教授に交渉してレポート提出で手を打ってもらった。学食ではお茶しか飲めないが、ここならドリンクバーでいろいろな種類の飲み物が楽しめる。すでに五杯はおかわりした。だが、一向にレポートは進まない。 「あー、ムカつく。何なんだよ、石丸の奴。訳わかんねえ講義ばっかしてるくせに、学生に何求めてんだ?」 もう一度ドリンクバーに行く。私服の少年たちのグループが入ってきた。高校生だろうか。 「思いっきり豪勢に行こうぜ。全メニュー制覇だ!」 「そんなに食えねえって」 「ゲーセンで使ったほうがよくね? あ、遊園地とか?」 「野郎ばっかじゃつまんねえよ。とりあえず腹ごしらえだ」 周りの迷惑などお構いなく、大声でしゃべっている。紅葉も顔をしかめた。 「しっかし何だったんだろうな。十万やるから女の子を好きにしていいってメール来たんだろ? で、実際ヤろうとしたら、すげー女に痛めつけられてさ」 「でもちゃんと金はくれたじゃん。細かいことは考えるだけムダ、ムダ。ありがたく使わせてもらおうぜ」 少年たちはメニューを品定めし始めた。 (おいおい、めちゃくちゃオイシイ話じゃん。誰かは知らねえけど、どうせなら俺に頼めって) 紅葉は心の中で呟いた。その少年たちが好きにしようとしていたのが自分の妹だということに、紅葉が気付くことはなかった。
|
|