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作品名:銀色に燃える月 作者:光石七

第9回   (四)白の偽り@
(四)白の偽り


 次の日の夕方、仕事から帰る途中ヤンはパーシー警部と出会った。
「ちょうどよかった。君に聞きたいことがあったんだ」
 パーシー警部は急いでいるようだった。
「何でしょうか?」
「イザベル・シャドーを見てないか?」
「いいえ、この間まじない師のことを聞いた時しか会っていません」
 ヤンは答えながら不思議に思った。彼女には二度と会いたくないと伝えたし、パーシー警部にもそのことは話したはずだ。
「彼女がどうしたんですか?」
 パーシー警部は眉間にしわを寄せた。
「二日前の夜から家に帰っていないらしい。学校にも来ていない」
「ええっ?」
 ヤンがアパートから帰した後から行方不明になったということだ。
「昨日君から話を聞いて、俺も一度彼女と会って話そうと思っていた。そしたら、今日捜索願が出されたんだ。わがままな娘だが、無断で外泊をするような子ではないらしい。両親が相当心配している」
「アッシュには話を聞いたんですか?」
「ああ。君のアパートを出た後、家の近くまで送ったそうだ。そのまま帰ったとばかり思っていたと」
 ニナの仇とも言えるイザベルだが、安否がわからないというのはやはり心配だ。家族の気持ちもわかる。
「アッシュになじられて、かなりショックを受けていましたけど……」
「失恋の痛手で失踪か? まあ、片っ端から当たってみるしかないな。君も見かけたら教えてくれ」
 パーシー警部はそう言って、急ぎ足で去って行った。


 やはりヤンのアパートにもイザベルは来ていなかった。帰宅したヤンは椅子に座って目を閉じた。
 ニナが殺された。そのニナの呪いを頼んだイザベルが姿を消した。この二つの出来事はつながっているのだろうか? イザベルはアッシュの言葉に傷ついただろうが、それで姿をくらますようなやわなタマとは思えなかった。自分の意志で消えたとは考えにくい。シャドー商会といえば何代も続く老舗だから、身代金目的で誘拐されたのかもしれない。無事だといいが。家族を失う悲しみは、誰にも味わってほしくない。
 目を開けると、汚れたままの食器が目に留まった。ニナがいないことを改めて痛感する。早く犯人がみつかってほしい。
 ヤンは立ち上がり、夕食にしようと鍋を火にかけ始めた。


 シャドー商会の一人娘が行方不明になったというニュースは、あっという間に町中に広まった。誘拐の可能性も考えられたが、犯人からの連絡はない。
「この町も物騒になっちまったなあ」
 師匠が呟いた。
「ニナを殺した奴もまだ捕まってないし、シャドー商会のお嬢さんも足取りが掴めない。安心して女子供を外に出せないじゃないか」
「警察も必死に捜査してるみたいですけど。早く平和な町に戻ってほしいですね」
 ヤンも師匠に同意した。
「戦場に行った時こんな地獄はまっぴらだと思ったが、人間の愚かさは今も変わってないのかもしれんな。悪いのは一部の奴らだけだろうが」
「そうですね」
「その点、木はいい。手をかければその分ちゃんと応えてくれる。人を癒す力もあるしな。どんなに人が努力しても自然の知恵と営みにはかなわんよ。ワシらの仕事も自然に少し手を添えただけだ。そこをわきまえないと、いつか大きなしっぺ返しを食らう」
 多くの経験を積み、長くこの仕事をしてきた師匠らしい言葉だ。
「お嬢さんも犯人も早くみつかるといいが。ヤンも落ち着かないだろう」
 師匠はいつもヤンを気遣ってくれる。庭師としても人間としても、ヤンはいつも師匠に尊敬の念を抱くのだった。


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