ヤンを見送り店内に戻ったラウに、レイが話しかけた。 「ラウ様、いいのですか? あの男……」 「放っておけばいいさ。何か変な動きがあったら始末すればいい。『石守り』のアンタなら、たやすいだろう?」 先ほどヤンと話していた時とは違う、残忍な笑みをラウは浮かべた。売り棚の人形を一つ手に取る。 「警察も思ったよりは馬鹿じゃなかったみたいだね。事件の関係者がここまでたどり着いたのは初めてさ。でも、真相は絶対にわからない。たとえ、依頼者が白状して案内して来てもね」 「それはそうですが」 「アタシのことを心配してくれるのはうれしいけど、あまり派手に騒がないでおくれ。さっきも店の近くでヤンに手をかけようとして……。アタシが止めてよかったよ。まさかあの娘の兄とはね」 ラウは人形の髪を梳いた。レイはラウの前に跪いた。 「申し訳ありません。ラウ様に危害を加えるのではないかと……」 「さすがに人がいるところで『かけら』を外すのはまずいだろ。まあ、他のやり方でも騒ぎになるのは困るけどね」 「本当に申し訳ありませんでした」 レイはさらに畏まった。ラウはレイの頬に手を当てた。 「アンタはアタシの人形だ。アタシの言うとおりに動けばいい」 「すべてラウ様に従います。ラウ様の望みを叶えることが、私の生きる意味ですから」 レイの言葉にラウは満足した。人形を棚に戻した。 「さて、さっき買った石で注文の人形を作るとするかね。副大臣の孫娘なんて、滅多にいない上客だよ。散々アタシたちから金をふんだくってるんだから、立派な人形を差し上げて大いに請求してやろうじゃないか」 ラウは作業場に向かい、レイも従った。売り場に残ったのは人形たちの沈黙だけだった。
「頼むから、勝手な真似はしないでくれ」 パーシー警部がヤンをなじった。モーヴからの帰り道、ヤンは警察に寄り、アッシュとイザベルから聞いた話と今日の出来事をパーシー警部に報告した。 「人違いで、相手がいい人だったからよかったが……。下手をすると君まで殺されてたかもしれんぞ? 今日は運がよかっただけだ」 「すみません」 ヤンは素直に謝った。 「まあ、じっとしてられんのはわかるが……。犯人も動機もはっきりしない以上、やみくもに動くのは危険だ。何か情報があれば、我々にまず話してくれ」 「……そうします」 パーシー警部はため息をついた。 「まじないか。俺はそんなもの信じちゃいない。だが……。ニナ・コーエンを殺したくて実際にまじない師に頼んだ人物がいたとはな。最近の若者はどうなってるんだ? 自分さえよければ人が死んでもいいのか? 恋は盲目、なんて甘いもんじゃない。俺の娘だったら、ひっぱたいてやるところだ。親も親だ。育て方を間違ってるんじゃないのか? まあ、呪いでは人を殺せないだろうが、その依頼を受けて犯人が殺人を実行した可能性も完全には否定できない。その線も視野に入れて捜査しよう」 ヤンはパーシー警部の言葉に頼もしさを感じた。 「モーヴまで行って、一日歩き回って疲れたんじゃないか? もう帰って休みたまえ。君まで倒れたんじゃ、妹さんも悲しむだろう」 警部の言葉は温かかった。――大丈夫だ。自分の周りには優しい人がたくさんいる。ヤンは改めてそう実感した。
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