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作品名:銀色に燃える月 作者:光石七

第7回   (三)紫の長衣B

 ヤンは腹部の鈍い痛みで目が覚めた。知らない部屋だ。
「気が付いたかい?」
 老婆が優しい顔で話しかけてきた。ソファに寝かされていたようだ。
「怪我はないと思うけど、レイの蹴りは強烈だからね。乱暴してすまなかったね。――レイ、アンタも謝りな」
 少し離れて立っていたレイという女は不機嫌そうだった。
「ラウ様、こっそり我々の後をつけるような男です。謝る必要はないと思います」
「アンタはもっと愛想というものを身に付けてほしいね。客が逃げちまうじゃないか。そんな怖い顔して迫られたら、誰だって固まっちまうさ」
 老婆はラウという名前らしい。ラウはレイをたしなめた。
「理由も聞かずに蹴り上げるなんて、アンタが悪いよ。とにかく謝りな」
 レイはむっとしたようだったが、仕方なさそうにヤンに一言告げた。
「すみませんでした」
 ラウは申し訳なさそうにヤンに言った。
「すまないね。この子、いつもこんな調子なんだ」
「いえ、僕も不審者みたいな真似をしてたから……」
 ヤンは人当たりの柔らかいラウに少し安心した。
「ところで、アタシたちに何か用かい? この店に人形を買いに来たのかい?」
「人形?」
 ラウの言葉にヤンは疑問を覚えた。
「違うのかい? うちは人形屋さ。全部アタシが作ってる。結構評判が良くてね。遠くから買いに来る人もいるんだ」
 言われてみれば、部屋の中は人形だらけだ。作りかけらしい物もある。
「店の客じゃないなら、一体何だ? 答えないなら、今度こそ息の根を止める」
 レイが冷やかにヤンをみつめる。その瞳にヤンはたじろいでしまった。
「レイ、物騒な真似はおよしよ。まず話を聞こう」
 ラウがとりなしてくれる。ヤンはどうにか落ち着き、正直に話すことにした。
「失礼しました。僕はヤン・コーエンといいます。実は……先月妹が殺されたんです」
「まあ、気の毒に」
 ラウは同情したようだった。
「まだ犯人が捕まってなくて……。昨日、うちに妹の同級生が来て話してくれたんです。モーヴのまじない師に、妹を呪い殺すよう頼んだと。そのまじない師が白髪のおばあさんで、黒髪の若い女性が一緒だったって聞いたから……」
「ああ、だからアタシたちがそのまじない師じゃないかって、後をつけたんだね」
「……そうなんです。すみません」
 ヤンは頭を下げたが、ラウはさほど意に介していない様子だ。
「確かに髪の色はぴったりだね。でも、違うよ。人生経験だけは積んでるからいろいろ相談されることもあるけど、さすがに人様を殺めるようなことには手を貸してないさね」
「そうですよね……」
「いやいや、気持ちはわかるさ。かわいい妹だったんだろうね。犯人を許せないだろう」
 人のよさそうなラウとは対照的に、レイは冷たい表情で黙ったままだ。
「あの……。そういうまじない師、知りませんか?」
 ヤンはラウに尋ねた。
「まじないは本当は認められていないからね。この町にもいることはいるんだろうが、アタシも会ったことはないんだ。でも……こう見えて顔が広いから、店に来た客とか知り合いに聞いてみようか? 何かわかったら教えるよ」
 初対面の自分にラウは親切だ。ヤンはうれしかった。
「ありがとうございます」
「困った時はお互い様さ」
 ラウは笑ってヤンの肩を叩いた。
「……もうひとつ、確認してもいいですか?」
 ヤンは恐る恐る切り出した。
「何だい?」
「レイさんの髪……地毛ですか?」
 ラウはきょとんとしたが、レイはヤンをにらんだ。
「私が禿げてるとでも言いたいのか? 金持ちの中年オヤジや役者じゃあるまいし、どうして偽物の髪をつける必要がある?」
「い、いえ、違います」
 それなりにかわいい女性なのに、言葉遣いや態度がどこか冷たく人を威圧する。
「疑問は残さないほうがいいよ。レイ、ちょっとごめんよ」
 ラウがレイの黒髪を引っ張った。確かにかつらなどではなく自前の髪だ。
「どうだい?」
「わかりました。もういいです」
 ヤンは素直に白旗を上げた。ラウがレイの髪から手を放した。
「もしかして……。黒髪の女のほうは本当の髪を隠しているのかい?」
 ラウはヤンに尋ねた。
「その可能性がある、と聞いただけで……。すみませんでした」
「そうかい。まあ、いろいろ当たってみるかね。あまり期待されても困るけど」
「いえ、お気持ちだけでもうれしいです」
 ラウが聞くので、ヤンは連絡先を教えた。
「ベルランゴーに住んでるのかい。ここまで大変だったろう」
「大丈夫です。体力には自信があるので」
「帰り道はわかるかい? そこの角を曲がれば大通りに出るんだけど」
「ありがとうございます。それだけ聞けば、あとはわかります」
 ラウは店の外までヤンを案内してくれた。ヤンが寝かされていたのは奥の作業場で、通りに面した売り場には完成した人形が並べられていた。外に出て看板を見ると、『月のかけら』と店名が書いてあった。こぎれいな店だが、人形たちの目が少し怖い。
「ヤン、気をつけてお帰り。何かわかれば教えるから」
「お世話になりました」
 ヤンは笑顔でラウと別れた。


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