(三)紫の長衣
次の日の夕方、ヤンのアパートのドアをノックする者がいた。ヤンがドアを開けると、ニナと同い年くらいの少年が立っていた。 「突然お邪魔してすみません。ニナと同じ学校の生徒で、アッシュ・ヒギンズといいます。……君もちゃんと挨拶するんだ」 アッシュはドアの陰に隠れていた女の子を引っ張り出した。 「……イザベル・シャドーです」 女の子はぶっきらぼうに自己紹介した。 「どうしたんだ? 僕に何か用?」 「ニナのことで、少しお話したくて」 アッシュがヤンに言った。『ニナ』という言葉にヤンは反応する。 「入ってくれ」 ヤンは二人を中に入れ、椅子に座らせた。 「何か知っているのか?」 「知っているというより、お兄さんに謝らなくちゃいけないんです。……僕は、ニナのことが好きでした」 アッシュの表情は悲しげだった。 「でも、僕が彼女に気持ちを伝える前に、イザベルから告白を受けたんです。もちろん断りました。ニナに想いを寄せているのに、他の女の子と付き合うことはできない。その後僕もニナに想いを告白しましたが、見事に振られました」 アッシュだけが話し、イザベルは口を結んで下を向いたままだ。 「なかなか気持ちの整理がつかなかったんですけど、そのうちあの事件が起きて……。ショックでした。たとえ僕に振り向いてくれなかったとしても、生きていてほしかった。それからしばらくはイザベルも大人しかったのですが、またしつこく言い寄ってきたんです。ニナが死んだのに無神経じゃないですか。だから僕は怒ったんです。そしたらこいつ……『死んだ人間を想ったってしょうがないじゃない。せっかくニナを消したんだから、私を見てよ』って……」 「ニナを消した!?」 ヤンは驚いて叫んだ。 「慌てて口を押えてましたが、僕は問い詰めました。なかなか言わなかったけれど、ついに白状したんです。まじない師にニナを殺してほしいと頼んだと」 「頼んだんじゃないわ! 本音を漏らしただけよ!」 イザベルが言い返した。 「現にニナは殺されたじゃないか! 君の依頼のせいじゃないのか?」 「私は悪くない! ただ……アッシュに振り向いてほしかっただけよ!」 自己中心の虚勢が鼻につく。 「……本当に依頼したのか?」 ヤンは努めて平静に尋ねた。 「……ライバルに消えてほしいかって聞かれたから、『できれば消えてほしい』って……」 「できれば、と言いながら名前を教えて写真も渡したんだろ?」 アッシュがイザベルを責めた。 「本当に殺すなんて思わないじゃない! 呪いくらいはかけてくれるかもって思ったけど……」 自分の恋のために他人の死を願う。それだけ恋焦がれているのだろうが、実際に呪いを頼むのは許せることではない。 「どんなまじない師だ? 銀髪の若い女性か?」 ヤンはイザベルに聞いた。 「……白髪のおばあさん。紫のローブを着てたけど……」 「どこで会った? 一人だったか?」 「……モーヴのまじないの店よ。場所はよく覚えてない。恋の悩みならって知り合いに案内されたの。お弟子さんみたいな女の人が一緒にいたわ」 モーヴは隣の小さな町だ。 「どんな女の人?」 「やっぱりローブを着てて、長い黒髪だったわ。茶色の瞳で、ほとんどしゃべらなかった。結構若そうだったけれど……。何歳かはよくわからない」 十年前に見た銀髪の子供の瞳は鳶色だった。パーシー警部から聞いた『銀の死神』の瞳も茶色だ。ありふれた瞳の色ではある。 「そうか……。教えてくれてありがとう」 「お兄さん、礼なんて必要ないですよ。こいつは家が裕福なのをいいことに、金でニナを呪い殺すよう頼んだんですから」 アッシュがイザベルをにらみつける。 「呪いじゃなくて、銃で撃たれて死んだじゃない! 私に責任はないわ」 「ニナに殺意を持ってたことは事実だ! まず、そのことをお兄さんに謝れ!」 「誰だって殺したいくらい憎い人はいるでしょ!」 「呪いを依頼することが間違ってるんだ! 僕は絶対、君みたいな女の子とは付き合わない!」 アッシュに言われて、イザベルはショックを受けたようだ。 「……無理に謝ってもらわなくてもいい。どうやっても、ニナは帰ってこないんだから」 憤りを感じつつも、ヤンは落ち着いた声で言った。 「警察には一応僕から伝えておく」 「本当はこいつが自分で警察に行くべきなんです!」 アッシュはまだ興奮状態だった。 「できればそうしてほしいけど、もうここには来ないでくれ。……本当に心からニナに申し訳ないと思ったら、ニナのお墓に行けばいい」 ヤンはそう言って、二人を帰した。
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