(八)紅の意味と涙色の月
『月のかけら』を使ってレイが命を絶った後、すぐ警察へ連絡がなされた。ヤンとユマも警察に保護され、ユマは無事に家族の元に帰された。ヤンはラウの店での警官殺しも含めて事情を聞かれ、知っている限りのことを話した。ブラッシュマン邸の人々の証言もあり『月のかけら』が凶器と判断されたが、レイ亡き今、その力を実証する術はなかった。表向きは銃による殺人ということにされた。 ゼグノール・ブラッシュマンの暗殺と犯人の死亡は大きなニュースになった。ゼグノールの過去の悪行は、圧力があったのか、人々に伝えられることはなかった。ラウの一方的な逆恨みと報じられた。ラウの裏稼業も明らかにされ、まじない師としての評判を守るためにレイに殺人を犯させてきたということになっていた。ラウとレイのことを「現代の魔女」と書いた新聞もあった。各地の警察もラウたちの仕業と思われる事件を洗い直し始めた。 「ヤンも大変だったな。無事でよかった」 「てめえがいない間、こっちは手が足りなくて困ってたんだぞ。びしびしこき使ってやるから、覚悟しておけ」 師匠も庭師の仲間も再びヤンを温かく迎えてくれた。ユマの両親が改めて感謝の意を伝えにヤンを訪ねてきたりもした。ユマは青いリボンを髪に付け、やはりエミリーを腕に抱いていた。
一か月経ってようやくヤンの生活も落ち着いてきた。ニナがいないことを除けば以前と変わらない。だが、ヤンは心に穴が開いたような感覚が消えなかった。 パーシー警部がアパートを訪ねてきた。 「今日は非番なんだ。少し君と話そうと思ってな」 ヤンは警部に椅子を勧めた。 「複雑な思いもあるんじゃないか? 知ってる事実と違うことを新聞に書かれたりして」 パーシー警部はヤンからすべてを聞いていた。 「……仕方ないと思ってます。『月のかけら』の力を証明することはできないし、世間も混乱するだろうし。もやもやしたものも残ってはいますけど」 ヤンは正直な気持ちを述べた。 「俺は君が嘘を吐いているとは思わない。不思議な現象も含めて、事実を話してくれたと信じている。ただ、事件の解決を世間に認めさせるには……な。申し訳ないと思ってる」 パーシー警部はヤンに謝った。 「いえ、警部だけでも信じてくれるならありがたいです」 ヤンは本当にうれしかった。それを聞いて警部も笑顔を見せた。だが、またすぐに真顔に戻った。 「まず、イザベル・シャドーのことを伝える。ラウたちはイザベルの死には関わっていないということだったな?」 「はい」 「それは事実らしい。二人がシアンの山に行った形跡もないし、あの力以外では殺人をしていないからな。そもそも、あえてシアンまで行く必要がない。イザベルが自分の意志で向かったんだ。おそらく……青いひなげしを手に入れるために」 「青いひなげし?」 そんなものは見たことも聞いたこともない。 「若い娘の間で噂が広まってるんだ。青いひなげしを摘んで部屋に飾れば恋が叶う、と。これもまじないみたいなもんだな」 「あるんですか、そんなひなげし?」 「シアンの山にはわずかだが自生しているそうだ。アッシュ・ヒギンズに執着していた娘だ。どんな手を使っても恋を成就させたかったんだろう。でも、途中で足を滑らせて崖から落ちたんだろうな」 気の毒だがイザベルらしいとヤンは思った。 「そうですか……」 「どうせなら別なことにその情熱を注げばよかっただろうに。恋とは恐ろしいもんだ」 パーシー警部がため息をついた。
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