皆がその場から離れないのを確認し、ラウは『月のかけら』に向かって言った。 「紅の月のかけらよ! 我は『石守り』の主なり。我に永遠の若さと美を!」 しかし、『月のかけら』にもラウにも変化はなかった。 「……どういうことだい? 時間を戻すようなことはできないってことかい?」 ラウは不思議がった。 「じゃあ、物ならどうだ。何でもくれるはずだろ? ――紅の月のかけらよ、我は『石守り』の主なり。我に宝石を給え!」 そう唱えたが、やはり何も起こらなかった。『月のかけら』が光ることも動くこともない。 「『紅』に還ったんじゃないのかい? レイの『闇のベール』は消えたはずだ。方法が間違ってる? いや、預言の通りにしているのに……。レイ、どうなってる?」 ラウはレイに問いかけた。 「……ラウ様。『月のかけら』はラウ様の望みを叶えるつもりはないようです」 レイが申し訳なさそうに答えた。 「――ふざけないでおくれ! 何のためにアンタを育てたと思ってるんだい!? 何もできないなら、アンタも『かけら』も意味はないんだよ!」 ラウは怒りで我を忘れた。レイに掴み掛かる。レイはされるがままだった。 「ラウ様……」 「何故アタシの前に現れた! 何が預言だ! 期待だけさせて……。アンタなんか、いなきゃよかったんだ!」 ラウは泣き叫んだ。レイはラウを憐れむようにみつめた。 「ラウ様、申し訳ありません。でも……もう終わりにしましょう。手を下したのは私です。私が罪を負いますから、ラウ様は静かに暮らしてください」 レイが穏やかな落ち着いた声で言った。 「馬鹿言うんじゃないよ! 殺されて当然の奴らじゃないか。消してほしいという望みを叶えてやってきたのに、アタシの願いは叶わないっていうのかい!? 静かにつつましくなんて、冗談じゃない!」 ラウはレイの手から『月のかけら』を奪って投げ捨てた。半狂乱だ。レイの顔が苦悶に歪んだ。 「全部アンタのせいだ! アンタが悪いんだ! アンタなんか何の価値もない! アタシの……アタシのすべてを返せ! 苦しい人生なんてまっぴらだ!」 取り乱しているラウをレイは抱きしめた。ラウはレイの胸を何度も叩きながら嗚咽した。 「私の……せいですね。すみません」 レイの目から涙が一筋流れた。ヤンは見守ることしかできなかった。 やがてレイはラウの体を離し、『月のかけら』を拾って宙に浮かべた。石は粒に分かれて赤い光を放つ。 「レイ……。何をする気だい?」 興奮が収まらないラウが顔をしわくちゃにしたまま言った。次の瞬間、一つの赤い粒がものすごい速さでラウの体に向かった。ラウは胸を貫かれ、血しぶきを上げて倒れた。即死なのは誰の目にも明らかだった。ざわめきが起こる。 「レイ……!」 ヤンはようやく声を出した。 「ユマには見せたくないだろう? ちゃんと目隠ししておけ」 レイが微笑んだ。初めて彼女が見せた笑顔だったが、ひどく寂しげだった。ヤンはユマをきつく抱きしめ直した。次第に浮遊している赤い粒たちの光が強くなる。一瞬動きを止めたかと思うと、それらがレイの体を貫いた。レイの服が血に染まっていく。レイは床にゆっくりと倒れた。横たわったレイの銀髪も流れた血で赤く濡れた。レイの血を味わった粒たちは一つにまとまり、輝きを失ってレイの体の上に落ちた。もうただの赤い石の付いたペンダントにすぎなかった。レイの髪も変わらない。生まれつきの銀色だった。 「レイ、どうして……」 ヤンの問いかけにレイはもう答えなかった。顔には微笑みが浮かんだままだ。 ブラッシュマン邸の人々が動き出した。
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