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作品名:銀色に燃える月 作者:光石七

第22回   (七)黒の消失C

 皆がその場から離れないのを確認し、ラウは『月のかけら』に向かって言った。
「紅の月のかけらよ! 我は『石守り』の主なり。我に永遠の若さと美を!」
 しかし、『月のかけら』にもラウにも変化はなかった。
「……どういうことだい? 時間を戻すようなことはできないってことかい?」
 ラウは不思議がった。
「じゃあ、物ならどうだ。何でもくれるはずだろ? ――紅の月のかけらよ、我は『石守り』の主なり。我に宝石を給え!」
 そう唱えたが、やはり何も起こらなかった。『月のかけら』が光ることも動くこともない。
「『紅』に還ったんじゃないのかい? レイの『闇のベール』は消えたはずだ。方法が間違ってる? いや、預言の通りにしているのに……。レイ、どうなってる?」
 ラウはレイに問いかけた。
「……ラウ様。『月のかけら』はラウ様の望みを叶えるつもりはないようです」
 レイが申し訳なさそうに答えた。
「――ふざけないでおくれ! 何のためにアンタを育てたと思ってるんだい!? 何もできないなら、アンタも『かけら』も意味はないんだよ!」
 ラウは怒りで我を忘れた。レイに掴み掛かる。レイはされるがままだった。
「ラウ様……」
「何故アタシの前に現れた! 何が預言だ! 期待だけさせて……。アンタなんか、いなきゃよかったんだ!」
 ラウは泣き叫んだ。レイはラウを憐れむようにみつめた。
「ラウ様、申し訳ありません。でも……もう終わりにしましょう。手を下したのは私です。私が罪を負いますから、ラウ様は静かに暮らしてください」
 レイが穏やかな落ち着いた声で言った。
「馬鹿言うんじゃないよ! 殺されて当然の奴らじゃないか。消してほしいという望みを叶えてやってきたのに、アタシの願いは叶わないっていうのかい!? 静かにつつましくなんて、冗談じゃない!」
 ラウはレイの手から『月のかけら』を奪って投げ捨てた。半狂乱だ。レイの顔が苦悶に歪んだ。
「全部アンタのせいだ! アンタが悪いんだ! アンタなんか何の価値もない! アタシの……アタシのすべてを返せ! 苦しい人生なんてまっぴらだ!」
 取り乱しているラウをレイは抱きしめた。ラウはレイの胸を何度も叩きながら嗚咽した。
「私の……せいですね。すみません」
 レイの目から涙が一筋流れた。ヤンは見守ることしかできなかった。
 やがてレイはラウの体を離し、『月のかけら』を拾って宙に浮かべた。石は粒に分かれて赤い光を放つ。
「レイ……。何をする気だい?」
 興奮が収まらないラウが顔をしわくちゃにしたまま言った。次の瞬間、一つの赤い粒がものすごい速さでラウの体に向かった。ラウは胸を貫かれ、血しぶきを上げて倒れた。即死なのは誰の目にも明らかだった。ざわめきが起こる。
「レイ……!」
 ヤンはようやく声を出した。
「ユマには見せたくないだろう? ちゃんと目隠ししておけ」
 レイが微笑んだ。初めて彼女が見せた笑顔だったが、ひどく寂しげだった。ヤンはユマをきつく抱きしめ直した。次第に浮遊している赤い粒たちの光が強くなる。一瞬動きを止めたかと思うと、それらがレイの体を貫いた。レイの服が血に染まっていく。レイは床にゆっくりと倒れた。横たわったレイの銀髪も流れた血で赤く濡れた。レイの血を味わった粒たちは一つにまとまり、輝きを失ってレイの体の上に落ちた。もうただの赤い石の付いたペンダントにすぎなかった。レイの髪も変わらない。生まれつきの銀色だった。
「レイ、どうして……」
 ヤンの問いかけにレイはもう答えなかった。顔には微笑みが浮かんだままだ。
 ブラッシュマン邸の人々が動き出した。


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