庭の手入れは思ったより早く済んだ。しかも、依頼主の富豪は、その場で代金の二倍の金を支払ってくれた。師匠はすぐに給金として仲間に分けた。 ヤンはニナへの手土産を買うために街に寄った。欲しい物はないと言っていたが、年頃の女の子だ。少しはおしゃれもしたいだろう。女の子が好みそうな物はわからなかったが、店主が勧めてくれた髪飾りを一つ買い、食糧を調達して家に帰った。 ニナが食器を洗ってあるのを見て、ヤンは苦笑した。帰ってから自分がやると言ったのに。きっちりしているところも母さんそっくりだ。ヤンは夕食の準備を始めた。ニナの好きなビーフシチューだ。ささやかな贅沢として、肉をいつもより多めに入れた。 「遅いな……」 夕食を作り終えてもニナは帰ってこない。たまに図書館で本に夢中になることがあるが、今日もそうなのだろうか。 ヤンはニナのために買った髪飾りを取り出した。ニナの瞳と同じ、空色の石が付いている。ニナに似合うだろう。きっと喜んでくれるはずだ。 あまりに帰りが遅いので迎えに行こうか思案していると、玄関をノックする音がした。ドアを開けると、見知らぬ男性が二人立っていた。 「ヤン・コーエンさんですか?」 「そうですけど」 「警察です。妹のニナ・コーエンさんが亡くなりました」 ヤンは耳を疑った。
棺の中のニナは眠っているようだった。今にも起きて「お兄ちゃん」と笑いかけそうだ。ヤンが買った髪飾りが亜麻色の髪に映えていた。葬儀には師匠や庭師の仲間、ニナの学友たちが来てくれた。みんなすすり泣いている。 「ニナみたいないい子がどうして……」 「殺すなんてひどい……」 ――ニナは学校からの帰り道に殺されていた。心臓を撃ち抜かれ、ほぼ即死だった。夕暮れ時の人通りが少ない道での犯行。目撃情報がなく、犯人はまだみつかっていない。 「ヤン、しばらく仕事は休んでいいぞ」 ニナを墓地に埋葬した後、師匠がそう言ってくれた。一人の中年の男がヤンに声をかけた。 「警部のヒュウ・パーシーだ。犯人の逮捕に全力を挙げる。君も何か気付いたり思い出したりしたら知らせてくれ」 ヤンは黙ったまま頷いた。
一通りの手続きが終わり、ヤンはアパートに帰った。つい先日までニナと笑って過ごしていたのに、もう二人で話をすることはない。ヤンは水色の布のバッグを手に取った。ニナはこれを持って学校に通っていたのだ。何か底にあることに気付き、取り出してみた。『お兄ちゃんへ』と書かれたカードが添えられた、きれいに包装された小箱だった。開けてみると、懐中時計が出てきた。カードを開くと、短いメッセージが書いてあった。
『大好きなお兄ちゃん
お誕生日おめでとう。 いつも私のために働いてくれてありがとう。 何も返せないけど、お小遣いを貯めて買いました。 使ってくれるとうれしいな。 本当はもっといい時計を用意したかったけれど、私が先生になったら買ってあげるね。 これからもよろしく。
ニナより』
落ちた涙で文字が滲む。 「助けてもらってたのは僕のほうだ……」 ニナがいるから今までやってこられた。ニナがいるから、どんなに辛いことも耐えられたのだ。 「ニナ……!」 ヤンは時計とカードを握りしめたまま号泣した。
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