(七)黒の消失
二日後、とうとう首都カーマインに入った。 「ママたちに会えるんだよね?」 ユマが期待で声を弾ませる。この町に両親がいるというラウの言葉を信じ、ずっと我慢してきたのだ。 「そんなに会いたいのか?」 レイが珍しくユマに声をかけた。口調こそ素っ気ないが、心なしか表情が柔らかい。 「大好きだもん! 早く会いたい。エミリーも会いたいよね?」 エミリーを高く掲げたユマに、ヤンは思わず微笑んだ。 「アタシの用事が済んだら会わせてあげるよ」 ラウがにこやかに言った。 「用事って何?」 「人を探して挨拶に行くのさ」 ユマの質問にラウは答えた。その言葉は本当らしく、その後ラウは店に入ったり住人らしい者に声をかけたりして「ゼグノール・ブラッシュマン」という人物について尋ねていた。 宿に着いてユマが眠った後、レイはラウに『月のかけら』の変化について話した。 「特に何かしたわけではないのですが……。ここ数日毎晩のように一瞬光るのです。今までなかったことです。吸ってきた血がようやく結実したのでしょうか。もう一息で『紅』に還るような気がします」 それを聞いてラウは目を細めた。 「アタシの望みが叶う日は近いってことだね。いつあいつの所に行こうか迷ってたけど、ちょうどいい。片を付けちまおうか。勝手に先にくたばられても困るしね」 「ラウ様のお望みのままに」 ヤンの胸に一抹の不安がよぎった。 「もしかして……。昔ラウさんを捨てた男に復讐しに行くってこと?」 ラウが寝た後にヤンはレイに尋ねた。 「そういうことなのか? 私はラウ様に従うだけだから」 「レイ……。もっと自分の意見持ったら?」 年下と判明してから、ヤンはレイに敬語で話すのをやめた。レイもそこは気にしていない。ラウを侮辱する言動には怒りを表すが。 「私はラウ様の物だ。ラウ様の願いをかなえることが私の望みだ」 「それが間違った願いでも?」 「何が正しくて何が間違いかなんてわかるのか?」 「それは……」 殺人さえ悪いことだと認識していなかったレイだ。最近遺族の悲しみを身近に考えたりして少し人間らしくなった気がするが、ヤンは納得させる説明ができるか自信がなかった。 「今夜も光るんだろうか?」 レイは『月のかけら』を服の中から引っ張り出した。 「レイのほうが石の気持ちはわかるだろ? 『石守り』なんだし」 家族の仇のはずなのに、こうして二人で話しているのが不思議だった。ユマを逃がそうとしないのも、自分が逃げようとしないのも、刃向かわないのも、ユマに危害が加えられるのを恐れてのことだったはずだ。まだ知らないレイの力もあるかもしれない。しかし今、ヤンはレイと普通に会話をしている。 レイはペンダントを外した。黒髪が銀髪に変わる。窓から差し込む月光を浴びて銀色の髪をなびかせるレイは、さながら月の女神アルテミスのようだった。 「本当にあの月のかけらなのか? お前の親はあの月か?」 レイが『月のかけら』に話しかけた。 「かけらだとしても、親とは違うんじゃ……」 レイの様子がなんだかかわいらしく思え、ヤンは笑い出しそうになった。 「うるさい!」 振り向いて怒鳴ったレイの顔は微妙に赤かった。 「大きな声を出すと二人が起きるよ」 ヤンは必死に笑いをこらえた。少しずつだが、レイは変わってきていると感じる。 「大声を出させたのはそっちだろうが。……大丈夫だ、よく寝てる。そのガキ、何の夢を見てるんだ? 寝ながら笑いやがって、気味が悪い」 ぶっきらぼうだがどこか温かみを感じる言い方だった。赤い石がわずかに光った。光を確認すると、レイはペンダントを首にかけた。銀髪が黒に戻っていく。 「……その髪は本当に不思議だな。元々が銀髪で、その石を付けている時だけ黒で、でもそれが普通で……」 「お前、何が言いたいんだ?」 レイが呆れ顔で言った。 「どっちの髪でもいいけどさ。……そういえば、なんで犯行の前と後も銀髪だったんだ? 犯行の時だけでいいのに」 ヤンは疑問をぶつけてみた。 「銀髪よりも髪の色が変わる方が奇妙だろうが」 「なるほど……」 人が見ていない時に殺しても、移動まで人目につかないようにするのは難しい。確かにペンダントを付け外しして髪が変わるところは見られたくないだろう。 「お前ももう休め。私も休む」 「たまにはベッドで寝たら?」 レイはいつも座った姿勢で目を閉じている。ヤンが少し動くだけで目を開ける。見張りもあるのだろうが、疲れがとれないのではないだろうか。 「私はこっちの方が慣れてるし楽だ」 ヤンはレイを気の毒に思った。
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