ユマが元気になったので、一行は世話になった宿を発った。ヤンが買った青いリボンはユマの髪を彩り揺れていた。 何故警察に追われているはずのラウとレイが堂々と表を歩いているのか、ヤンはようやく気付いた。自分とユマが一緒にいることで、家族にカモフラージュできるのだ。祖母と若夫婦と孫娘。人質がいるとは誰も知らないし、ラウとレイ二人だけを探しているなら家族連れは意識しないだろう。自分とレイが夫婦に見えるのかと思うと、少々複雑だが。 その日泊まろうとした最初の宿は断られた。そこの主人は涙をこらえきれないようだった。 「さきほど母が死にました。申し訳ありませんが、しばらく休業します」 それだけ言うのがやっとで、奥に引っ込むと母親を呼びながら泣き叫んでいた。 「まあ、仕方ないさね」 ラウはあっさり諦めて別の宿に泊まることにした。ヤンも母を亡くした主人に同情した。 「あの宿、せっかくの客なのに商売しないのか。ラウ様も疲れていたのに」 ユマもラウも眠ってから、レイが文句を言った。 「母親が死んだんだから、それどころじゃないでしょう」 ヤンの言葉にレイは納得しないようだった。 「あの男の母親なら、結構な年齢だろう。死んで当然なのに、仕事ができないくらい悲しいか?」 「家族が死ぬのは誰だって悲しいですよ。もしラウさんが死んだら、レイさんはどんな気持ちですか?」 ヤンに言われてレイは少し考え込んだ。 「……ラウ様は死なせない。私もこの石も『紅』に還りさえすれば、それは可能だ」 預言を成就してラウの望みを叶えるつもりらしい。 「でも、いつになるのかわからないですよね?」 「お前……。殺してやろうか?」 レイがヤンをにらみつけた。 「僕だけなら別にいいですよ。もう両親もニナもいない。大事な家族をみんな殺された今、命が惜しいとは思わない」 レイはしばらくにらんだままだったが、やがて目つきが和らいだ。 「……お前もあの男みたいに泣いたのか?」 ヤンに尋ねてきた。 「家族が死んで……悲しんだのか?」 「当たり前じゃないですか。たとえ時間が経っても、その悲しみが消えることはない」 「そうか……」 レイはヤンから視線を外し、窓の外を見た。 「……もしかして、私が今まで殺した奴らの家族もあんなふうに泣いたんだろうか」 独り言のような問いかけだった。その瞬間、服の中でもはっきりわかる輝きを赤い石が放った。レイが驚いて石を取り出した。しかし、輝きは一瞬で消えた。 「何だったんだ……」 「……初めてのことですか?」 ヤンも戸惑いながら尋ねた。 「こんなこと今までなかった。でも……喜んでる?」 「レイさん、『月のかけら』の気持ちがわかるんですか?」 「何となくな……。『紅』のことも量を望んでるわけじゃないとはわかる」 預言に記された『石守り』と『月のかけら』の関係は、奥が深いようだ。 「ラウさんに拾われてから、ずっと『月のかけら』とも一緒だったんですよね。人間でも長く近くにいると、お互いの気持ちを言わなくてもわかったりしますけど……。それと似たようなものですか?」 「よくわからないが……。十九年生きてきて、一番近い存在がこいつなのは確かだな」 ヤンは頷いたが、はたと気付いた。 「えっ、十九歳?」 「そうだが、それがどうした?」 「年下!?」 誕生日が過ぎたので、ヤンは今二十一歳だ。レイが大人びていたし、態度が威圧的だったので、自然に敬語を使っていた。ラウに対しては彼女の本性を知ってから敬意など全く失ってしまったが。 「……それ、早く言ってください。……じゃなかった、早く言ってくれ……」 「何か不都合があったか? 本当におかしな奴だな」 レイがヤンの複雑な心に思いを馳せることはなかった。
|
|