(六)紅の月、銀の月
その夜も小さな宿屋に泊った。ユマは夕食を食べるとすぐに眠ってしまった。やはりエミリーを手放さない。レイがラウにハーブティーを差し出す。ラウはカップに口をつけた。ヤンはユマの傍らで二人をにらみつけていた。 「そんなおっかない顔をすると、二枚目が台無しだよ」 ラウが余裕の表情でヤンをからかう。ヤンはラウに問い詰めた。 「何のために人を殺すんだ? 罪のない僕の家族をどうして殺した?」 「そりゃ依頼があるからさ」 ラウはこともなげに言う。 「……確かにレイさんの力を使えば簡単だ。現場さえ見られなければ捕まらないし、いい収入源だろうな」 嫌味たらしく言ってやった。ヤンの精一杯の抵抗だった。 「金のためだけなら、わざわざ危険な真似はしないさ。他にいくらでも儲ける手立てはある」 ラウはヤンの嫌味も意に介さなかった。ユマがいる限り自分に刃向かうことはないとわかっているからだ。 「どうだか。イザベル・シャドーまで殺しておいて」 「イザベル・シャドー?」 ラウは首をかしげた。 「ニナを殺すよう依頼した女の子だ」 「ああ、あの色気づいた小娘かい」 「手にかけておいて、随分な言い様だな」 ヤンは毒気づいた。 「それはアタシたちじゃないよ。へえ、殺されたのかい」 ラウは嘘を吐いていないようだった。ヤンは少し驚いた。 「……殺してない?」 「依頼も受けてないし、得することもないさね。……まあ、『紅(くれない)』の足しにはなったかもしれないね」 「『紅』?」 ヤンがその言葉を聞くのは二度目だった。昨日の昼間にラウとレイが交わしていた会話にも出てきたが……。 「ラウ様、そろそろ休まれては?」 レイがラウに声をかけた。ラウはヤンを見て含み笑いをしている。 「こいつが腑に落ちない顔をしてるからね。ちょっと話してやろうか」 「こんな奴にわざわざ話さずともいいのでは?」 「ユマのお守のご褒美さ。今更知られたところで困ることもないし、手を貸してもらうこともあるかもしれないじゃないか」 ラウにとって、ヤンはあくまでも道具らしい。 「しかし、目的を果たす前に邪魔が入っては……」 レイはまだ案じているようだ。 「こんな荒唐無稽な話、聞いても誰も信じないさ。現実だと気付いた時にはアタシの天下だからね。それに、普通の人間に食い止める力はないだろう?」 ラウの言葉に、レイは押し黙った。 「ヤンが邪魔になるなら始末するだけさ。それはアンタの役目だ」 ラウは思わせぶりな笑顔をレイに向けた。ヤンは黙って二人を見ていた。自分だけなら刺し違えても家族の仇をとるところだが、ユマを巻き込みたくない。十五歳で人生を終えたニナの分まで、未来に向かって生きていってほしい。 「さて、少し昔話をしてやるよ」 ラウはヤンにそう言うと、古ぼけた小さな本を取り出した。 「アタシの先祖は預言者でね。この本にいろんな預言が書いてあるのさ。うちに代々伝わっているのがこの本とあれさ」 レイはラウの言葉に合わせて、首にかけている赤い石を服の中から引っ張り出した。 「預言といっても怪しげなものばかりでね。アタシも信じてなかった。ちょっと利用してまじない師の真似事をしたことはあったけどね。けれど、ある日男に捨てられた。そいつの子供まで身籠っていたのに、権力者の娘と縁談があるからと別れを切り出された。嫌だと言ったら、真冬の川に投げ込まれた」 ラウの表情が消えた。 「おかげで子供は流れた。どうにか生きながらえて実家に戻ったけど、今度は火事で家族がみんな死んじまった。……その男の仕業さ。国の役職に就くために、自分の身辺を整理しやがったんだ。『誰もが自由で平等な国に』なんてほざいて、笑わせるよ」 ラウは険しい目つきをした。 「何とか復讐してやりたかったけど、アタシには何の力もなかった。残った財産はこの本とそのペンダントだけ。売ろうにもタダ同然の値さ。住み込みで人形屋で働いて、技術を身に付けた。そろそろ自分で店を構えようという時、赤ん坊のレイを拾ったのさ」 ラウはレイを見た。レイは感謝のまなざしを浮かべていた。
|
|