ラウたちはモーヴを出てテラコッタという近くの町に宿を取った。簡素なベッドが二つあるだけの小さな部屋だった。ユマは「ママがいない」と少し駄々をこねたが、疲れていたのか、エミリーを抱いたまますぐに眠ってしまった。ヤンはユマをベッドに寝かせ、髪を優しく梳いた。レイがラウにハーブティーを淹れてきた。宿屋の主人に台所を借りたのだろう。ラウはそれをゆっくり飲んだ。 「レイ、アタシはもう寝るからあとは頼んだよ。この男が妙な動きをしたら、すぐ始末しな」 「はい、ラウ様」 レイの返事を聞いて、ラウはベッドに横になった。寝つきがいいらしく、すぐに寝息を立て始めた。レイは窓辺に腰掛けた。月明かりを浴びたレイの横顔は恐ろしく冷たく美しかった。 ヤンはレイをみつめた。昼間の光景が脳裏をよぎる。もう疑いようがなかった。あのように銀髪になって赤い粒を使ってニナを殺したのだ。銃声と銃弾が確認できなかったのも、あの力を使ったからだ。 「レイさん。……あなたがニナを殺したんですね」 ヤンはレイに話しかけた。 「ラウ様の命令だったから」 レイは素っ気なく答えた。 「十年前、僕の両親を殺したのも……?」 「お前の両親?」 レイが気怠そうに聞き返した。 「ウィスタリアでパン屋をやってました。二人とも店で殺されて……」 「そんな依頼もあったかもな」 レイはさほど興味がなさそうだった。 「どうして、ですか?」 ヤンは爆発しそうな感情を押し殺した。 「ラウ様が依頼を受けて私に命じたから」 ぶっきらぼうなレイの言葉を聞いて、ヤンの体が震えた。どうして平然と人を殺せるのか、理解できなかった。 「……金のために人を殺すんですか?」 「私はラウ様に従うだけだ。そろそろ黙れ。ラウ様の眠りを邪魔するな」 ヤンの我慢も限界だった。押さえていた感情が一気に噴出した。 「そんな人でなしに従うのか!? あなたたちには人の情けというものがないのか! だいたい――」 レイがヤンの腹に蹴りを入れた。 「黙れと言ったはずだ。これ以上騒ぐと本当に殺すぞ」 ヤンはうずくまった。呼吸ができず、声も出せない。 「大人しくそのガキと寝てろ。ガキもろとも殺されたいなら別だがな」 レイはそう言うと、また窓辺に腰掛けた。 ヤンの目に涙が滲んだ。――いつか仇を取ってやる。よろよろと起き上がり、眠っているユマの頬に手を当てた。
翌日、宿を後にしてラウたち一行は歩き出した。 「ねえ、どこ行くの?」 ユマがあどけない顔でラウに尋ねた。 「カーマインさ」 ラウの言葉にヤンは驚いた。この国の首都ではないか。 「そこにパパとママがいるの?」 「そうだよ、ユマ。ちょっと遠いけど、頑張って歩くんだよ。疲れたらそのお兄ちゃんにおんぶしてもらいな」 うわべだけのラウの笑顔に、ヤンは吐き気を感じた。 師匠やパーシー警部はどうしているだろうか。ヤンが戻らなかったので、おそらく探しているだろう。ラウの店の状況も警察が調べているはずだ。警官を殺してタダで済むはずはない。 ――『銀の死神』。パーシー警部が愚痴っていた警察内でのレイの呼び名だが、あの光景を見てしまうと、これ以上ふさわしい名前はないと思えた。自分の感情によるものですらなく、ただ命令に従って特殊な力で淡々と人の命を奪っていく彼女。育ての親のためとはいえ、何故そんなことができるのか。 「お兄ちゃん、怖い顔してる」 ユマに言われて、ヤンは我に返った。 「疲れたのか? おんぶしようか?」 慌てて笑顔を作った。 「ううん。お兄ちゃん、エミリーを貸してあげようか? 元気をもらえるよ」 「いいよ、ユマの大切な友達だろ? ありがとう、ユマのおかげで元気になった」 ユマがにこっと笑った。今のヤンにとって、ユマの存在だけが救いだった。
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