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作品名:銀色に燃える月 作者:光石七

第14回   (五)銀髪の死神C

 ラウたちはモーヴを出てテラコッタという近くの町に宿を取った。簡素なベッドが二つあるだけの小さな部屋だった。ユマは「ママがいない」と少し駄々をこねたが、疲れていたのか、エミリーを抱いたまますぐに眠ってしまった。ヤンはユマをベッドに寝かせ、髪を優しく梳いた。レイがラウにハーブティーを淹れてきた。宿屋の主人に台所を借りたのだろう。ラウはそれをゆっくり飲んだ。
「レイ、アタシはもう寝るからあとは頼んだよ。この男が妙な動きをしたら、すぐ始末しな」
「はい、ラウ様」
 レイの返事を聞いて、ラウはベッドに横になった。寝つきがいいらしく、すぐに寝息を立て始めた。レイは窓辺に腰掛けた。月明かりを浴びたレイの横顔は恐ろしく冷たく美しかった。
 ヤンはレイをみつめた。昼間の光景が脳裏をよぎる。もう疑いようがなかった。あのように銀髪になって赤い粒を使ってニナを殺したのだ。銃声と銃弾が確認できなかったのも、あの力を使ったからだ。
「レイさん。……あなたがニナを殺したんですね」
 ヤンはレイに話しかけた。
「ラウ様の命令だったから」
 レイは素っ気なく答えた。
「十年前、僕の両親を殺したのも……?」
「お前の両親?」
 レイが気怠そうに聞き返した。
「ウィスタリアでパン屋をやってました。二人とも店で殺されて……」
「そんな依頼もあったかもな」
 レイはさほど興味がなさそうだった。
「どうして、ですか?」
 ヤンは爆発しそうな感情を押し殺した。
「ラウ様が依頼を受けて私に命じたから」
 ぶっきらぼうなレイの言葉を聞いて、ヤンの体が震えた。どうして平然と人を殺せるのか、理解できなかった。
「……金のために人を殺すんですか?」
「私はラウ様に従うだけだ。そろそろ黙れ。ラウ様の眠りを邪魔するな」
 ヤンの我慢も限界だった。押さえていた感情が一気に噴出した。
「そんな人でなしに従うのか!? あなたたちには人の情けというものがないのか! だいたい――」
 レイがヤンの腹に蹴りを入れた。
「黙れと言ったはずだ。これ以上騒ぐと本当に殺すぞ」
 ヤンはうずくまった。呼吸ができず、声も出せない。
「大人しくそのガキと寝てろ。ガキもろとも殺されたいなら別だがな」
 レイはそう言うと、また窓辺に腰掛けた。
 ヤンの目に涙が滲んだ。――いつか仇を取ってやる。よろよろと起き上がり、眠っているユマの頬に手を当てた。


 翌日、宿を後にしてラウたち一行は歩き出した。
「ねえ、どこ行くの?」
 ユマがあどけない顔でラウに尋ねた。
「カーマインさ」
 ラウの言葉にヤンは驚いた。この国の首都ではないか。
「そこにパパとママがいるの?」
「そうだよ、ユマ。ちょっと遠いけど、頑張って歩くんだよ。疲れたらそのお兄ちゃんにおんぶしてもらいな」
 うわべだけのラウの笑顔に、ヤンは吐き気を感じた。
 師匠やパーシー警部はどうしているだろうか。ヤンが戻らなかったので、おそらく探しているだろう。ラウの店の状況も警察が調べているはずだ。警官を殺してタダで済むはずはない。
 ――『銀の死神』。パーシー警部が愚痴っていた警察内でのレイの呼び名だが、あの光景を見てしまうと、これ以上ふさわしい名前はないと思えた。自分の感情によるものですらなく、ただ命令に従って特殊な力で淡々と人の命を奪っていく彼女。育ての親のためとはいえ、何故そんなことができるのか。
「お兄ちゃん、怖い顔してる」
 ユマに言われて、ヤンは我に返った。
「疲れたのか? おんぶしようか?」
 慌てて笑顔を作った。
「ううん。お兄ちゃん、エミリーを貸してあげようか? 元気をもらえるよ」
「いいよ、ユマの大切な友達だろ? ありがとう、ユマのおかげで元気になった」
 ユマがにこっと笑った。今のヤンにとって、ユマの存在だけが救いだった。


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