ユマの両親とは会わなかった。ラウの店『月のかけら』が見えてきた。もう一度ラウと話してみたい気持ちもヤンの中にはあるが、今はユマがいる。ユマが無事に両親に会えるよう取り計らうのが先決だ。 店に入ったが、売り場には誰もいなかった。奥の作業場を覗いても、ラウもレイも見当たらない。 「留守なのかな……」 ヤンは呟いたが、店を開けたままというのは妙だ。店を閉めるなり、誰かしら店番を頼むなりしそうなものだ。 「仕方ない。ユマ、お巡りさんのところに行こう」 ヤンがユマに声をかけた時、二階からドスンという音が聞こえた。何かが床に倒れたようだ。再び音がした。 「ひっ……!」 「ば、化け物!」 かすかだが悲鳴に似た声が聞こえてくる。一人ではなく複数だ。今度は何か金属が落ちたような音がした。 「助けてくれ……!」 二階で危険にさらされている人たちがいる。ヤンはユマに誰か大人の男性を呼んでくるよう頼み、もう一度作業場に入った。どこかに階段があるはずだ。作業台の奥のカーテンを開けると、果たして二階に続く階段が現れた。ヤンは急いで駆け上がった。 「ぐあっ!」 「ぎゃふ……!」 次々に人が倒れているようだ。ヤンは二階のドアを開けた。そして―― 「……!」 目に飛び込んだ光景に凍りついた。 赤く光る粒がいくつも空中を漂っている。床には血を流して倒れている男たち。拳銃を握ったまま絶命している者もいた。壊れて転がっている拳銃もあった。奥に立っているのはラウと長い銀髪の若い女。銀糸に縁どられているのはレイの顔だった。 「う……」 倒れている男の一人が腕を動かした。レイがその男のほうを見る。赤い粒が男の体を一気に貫いた。血しぶきが上がり、男は動かなくなった。 赤い粒たちがレイの元に集まる。一瞬大きくきらめいたと思うと光は消え、金色の鎖が付いたひとつの赤い石になった。レイがそれを首にかける。レイの髪が銀色から黒に染まり始めた。ドアの陰になっているのか、二人はヤンの存在には気付いていないようだ。 「まだ『闇のベール』は取れないようだね。紅(くれない)が足りないのかい?」 ラウが不気味な笑顔でレイに話しかけた。 「わかりません。単なる量の問題ではないようですが」 「アタシが生きてるうちに紅に還ってほしいもんだね。そのためにアンタを育てたんだから。――こいつらも馬鹿だね。アタシを罠にかけて捕まえようなんて」 ラウは床に転がっている男たちの死体を侮蔑のまなざしでみつめた。 「この間の女は警察の用意したおとりだったのです。見抜けずに申し訳ありませんでした」 すっかり黒髪に戻ったレイがラウに頭を下げた。 「遅かれ早かれこんな時が来るとは思ってたさ。先に発砲しようとしたこいつらが悪いんだけど、ちょっと派手にやりすぎたね。もうここにはいられない、すぐ発つよ」 「はい」 二人は荷物をまとめ始めた。 ヤンはみつからないよう後ずさりを始めた。その時、 「お兄ちゃーん!」 ユマが階段を上がってきた。声に気付いたラウとレイが振り向く。 「お兄ちゃん、男の人は誰もいないよ」 ヤンは慌ててユマの口を塞いだが、もう遅かった。 「そこにいるのは誰だ?」 レイが冷たい声とともに近づいてきた。ヤンはユマの目を手で覆ってドアの陰から出て、二人の前に姿を見せた。残酷な光景を子供に見せるのは忍びなかった。 「お前は……」 レイはヤンの顔を覚えていた。 「見たのか?」 ヤンは黙っていた。 「見たのかと聞いている」 答えないヤンに、レイは言い放った。 「どちらにしろ、この状況を知られたからには生かしておくわけにはいかない」 レイは先ほどの赤い石のペンダントを外した。髪が銀髪に変わる。石が粒に分かれて宙に浮き、赤く輝きだした。 「ま、待ってくれ! この子は関係ない!」 ヤンはユマを自分のほうに向けて抱きしめた。 「この子だけでも無事に帰してやってくれ! ただの迷子だ!」 レイはヤンの言葉を無視して赤い粒を弄び始めた。
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