(五)銀髪の死神
ヤンの言葉が信じられなかったのか、パーシー警部は師匠にヤンの監視を頼んだようだった。無断で仕事を休むことは許さなかったし、仕事が終わっても本当にまっすぐ帰宅するのか念を押してくる。もともと厳しい師匠だが、必要以上にプライバシーに干渉するタイプではない。詳しい事情までは知らないとしても、何かしらパーシー警部から話を聞いたとしか思えない。仕事の時間を削らなければモーヴまで行けないし、師匠に逆らうこともできない。ヤンは大人しく従うしかなかった。もっとも、仕事に穴を空けてまでラウの店に行こうとは思わなかったが。 町はずれでの仕事が入り、ヤンは師匠と仲間とともにそこに向かった。隣町モーヴとの境目ぎりぎりの場所だ。 「仕事をサボってモーヴに行くなよ」 師匠はヤンに釘を刺した。 「そんなに信用ないですか」 ヤンはぼやいた。仲間たちは笑っている。無理に仕事を抜けるつもりはないが、少し期待したのも事実だ。ヤンは甘い考えを振り払い、仕事に集中することにした。 休憩をとっていると、道の向こうで女の子がしゃがみこんでいるのに気付いた。 「どうしたの?」 ヤンは近づいて声をかけた。 「……っく、んっく……。ママ……。パパ……」 女の子は泣いていた。 「迷子か。どこから来たの?」 「……アンバー」 アンバーはこの町ともモーヴとも隣接している村だ。ヤンは女の子の頭を撫でてやった。亜麻色の髪で、小さい頃のニナみたいだ。 「パパとママは? 一緒じゃないの?」 「……一緒に来たのに。……ひっく……」 どうやら途中で両親と離れ離れになってしまったようだ。 「おうちに帰るところ?」 「ううん。……お人形屋さん、行くの」 女の子が顔を上げた。ニナと同じ青い瞳。ヤンは放っておけなくなった。 「何てお店かわかる?」 「『月のかけら』。……エミリーが待ってるの」 ヤンは驚いた。ラウの店だ。 「そこに行けば、パパやママもいるかな?」 「うん。……一緒に、エミリーを取りに行こうって……」 ヤンは大体の事情を察した。ラウに注文した人形を受け取りに行く途中で、両親とはぐれてしまったのだろう。両親も女の子を探しているだろうし、ラウの店の近くに行けば会えるかもしれない。警察に保護を頼むとしても、ここからならモーヴの町のほうが近い。 「お兄ちゃんが連れてってあげるよ」 「……ほんと?」 女の子は泣くのをやめてヤンをみつめた。 「うん。ちょっと待ってて」 ヤンはもう一度女の子の頭を撫で、師匠に歩み寄った。 「あの子が迷子なんです。近くに両親がいるようなので、一緒に探してきます。もし見当たらなければ警察に預けるので。すぐに帰ってきます」 師匠は女の子のほうを見た。ニナと似ていることを察したらしい。 「仕方ないな。すぐ戻れよ」 「はい」 ヤンは女の子の手を引いてモーヴに向かった。
「僕はヤンっていうんだ。君は何て名前?」 道を歩きながらヤンは女の子に尋ねた。 「ユマ。ユマ・フォークス」 「いい名前だね。お人形のエミリーはユマが付けた名前なのかな?」 「うん。ユマのお友達になるの」 もともとヤンは子供に好かれやすい。ユマもヤンに気を許したようだった。 モーヴの町に入り、通行人に警察署の場所を尋ねた。近ければラウの店に寄らずにユマを預けてもいい。だが、警察署はラウの店よりももう少し先にあるようだった。 「とりあえず『月のかけら』に行こうか。そこにパパやママがいなかったら、お巡りさんに探してもらおう」 「うん。早くエミリーに会いたい」 ユマは六歳くらいだろうか。両親とはぐれて心細さもあるだろうが、新しい人形に期待を募らせる子供らしさが微笑ましかった。 「ユマ、疲れてないか? おんぶしようか?」 子供の頃、よくニナをおぶってやったものだ。 「大丈夫。お兄ちゃんより若いもん」 ユマの返答にヤンは吹き出してしまった。
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